2017年7月16日日曜日

まさかの扉


おとぎ話ツアー最終日の翌日は、同じくデ・オッシとのライブ。

彼らが毎月企画している「まさかの扉」という企画に出演させていただきました。

来てくださった皆様、デ・オッシのふたり、コーディネーターのまっきいさん、ありがとうございました!

会場は東京、「HEAVEN青山」というライブハウス。

こぢんまりとしたホールながら、まず音響が素晴らしいことに感動。

間取りも、受付が外にあり、入ってすぐがバーカウンター、奥に進んだところがホールになっている。

グランドピアノが乗っても悠々と使えるステージは、会場のおそらく1/3以上をしめていて、どんなスタイルの音楽でも最大限パワーを発揮できるように…という心遣いが感じられました。

この日、僕は極端に体調が悪く、実は正直ライブどころではない、という状況であった。

でも、あたたかいお客さんの雰囲気と、素晴らしい音響と、デ・オッシの愛(?)に助けられ、力を振り絞ることができました。

また、それもプレミアムな感じ、ということで、これからの精進をお約束して、お許し願いたい(笑)

イベント「まさかの扉」がこれからも盛況でありますように!

2017年7月14日金曜日

おとぎ話ツアー終演


お礼の投稿が遅くなりましたが、

NolenNiu-de-Ossi&丸山研二郎「おとぎ話ツアー2017」に来てくださった皆様、各会場にて関わってくださった皆様。

本当にありがとうございました。

おとぎ話ツアーと題して行ったライブは今年3月から、

3月 LIVEHOUSE UHU
3月 クックハウス椿
5月 東壽院
6月 スノドカフェ七間町
7月 LIVEHOUSE UHU

5月には、突如会場の変更を余儀なくされましたが、たくさんの方にお声掛けいただき、無事開催することができました。そのことで、かえって各方面へのご縁が深まったようにも思います。

最後のUHUでは、満員のお客様にご来場いただきました。

一生懸命ライブをさせてもらった活動が実を結んでいったような気がして、とてもうれしく、感謝しています。

さて、NolenNiu-de-Ossiの演奏は、回を重ねるごとに深まっていきました。

何か、不思議な明かりで照らされた絵巻物を見ているようで、時には怪しく、時には郷愁を誘う。
他に類を見ない楽器の使い方(ルックスも含めて)と、複雑なのにどこか懐かしい楽曲が、本当に絶妙なバランスの上に成り立っていて、しかも全体的にあたたかい。

僕は、結構いろんな音楽を聞き慣れているので、ある程度免疫(?)があるんだけど、初めて見る人は、「んな…んなな…なんじゃあこりゃあ~!」と思うんだろうなと思う。

ところが聴けば聴くほど、最初の物珍しさよりも、じわじわと何か、やさしさのようなものの方が大きくなってくる。

もっともっとたくさんの人に紹介したいバンドだ。

僕のステージは、ツアー後半のライブでは、友人の和楽器奏者・原口朋丈氏とデュオで演奏をした。
もともと親しく、長いこと一緒に演奏をしてきたけれど、これも今回1歩2歩深まったようだ。

そして奇しくも、和楽器というものに焦点をあてた2つのグループによるイベントが出来上がった。

ちょっと手前味噌だけど、安易な異ジャンルコラボレーションではない、新しい和楽器の使い方を、ひょっとして提案できているのでは…?という若干の自負もあるのだ。

NolenNiu-de-Ossiは、しばらくはまた全国を旅し、僕は地元静岡にて演奏活動に励みます。

また必ずの再演を!

楽しみにお待ち下さいませ。

2017年7月6日木曜日

唱歌録音終了


静岡県郷土唱歌の録音、すべての工程を録り終えました。

やったー。

1曲1曲は短いながら、全28曲という大変な量。
(アレンジは、曲が短いから簡単…というわけじゃないのよ。)

仕事の合間をぬいながら、編曲・譜面作成・ミュージシャンのスケジュール調整+諸連絡・練習・録音・音楽監督と、普通は一人ではできないでしょ、と、仲間に言われる仕事の分量であった。

関係者ならわかってくれるだろう、と思う(笑)。

だからこそ、非常に勉強にもなった。

これからスタジオの主、Tぼい氏がミックスをしてくれる。それを楽しみに、また数日を過ごそうと思う。

今回関わってくれたミュージシャンは、

加瀬澤彩友美 歌
黒川浩和 歌
しほみ 歌
てづかあい 歌・ウクレレ
中司和芳 ベース
原口朋丈 篠笛・和太鼓・パーカッション・三味線
丸尾あみ子 ヴァイオリン
misato 歌
渡辺真由子 ピアノ・キーボード・オルガン
(あいうえお順敬称略ね!)

でした。
みんな、ありがとうございました。

2017年7月2日日曜日

Sivuca


ちょっと用事でブック・オフに立ち寄って、何気なくCDコーナーを見ていると…。

なんと、ネットで購入ボタンを押そうか迷っては消し、迷っては消ししていた、ブラジルの鬼才Sivuca(シヴーカ)のCDが。

しかも安い。

ほぼ地元のCDショップなんかでは出会えないと思っていたのに。

そそくさとレジへ持って行く。

しみじみと聴きながら、買ってよかったな~と思うのでありました。

Sivuca-Sivuca
https://www.youtube.com/watch?v=Ra8IbQ7-vcc&t=1867s

2017年6月29日木曜日

上手さとは その2

なんかどうもこのところ、本当に上手いとは、みたいな疑問に関わることばっかり書いているな、とふと気づいた。

お前はどうなんだよ、と言われると言い返せない。ぐむむ。

なので、僕の思うウヤムヤを書き連ねるより、偶然にも最近読んだ言葉たちを紹介したい。


パブロ・カザルス(スペインのチェロの名手ね)

私はいつもテクニックを手段と見做してきた。それ自体を目的とすることはしなかった。もちろん、テクニックに熟達することは必要である。と同時に、そのとりこになってはならない。テクニックの目的は音楽の内面的な意味の、そのメッセージの、伝達にあることを理解しなければならない。

もっとも完璧なテクニックとは、人に全然それと気づかせないテクニックだ。


カザルスの言葉にはぐうの音もでない。

逆に。

いい音楽家になりたかったら、旅をしろ、恋をしろ、などということはよく言われるが、これは「テクニック」と対になる要素だと思う。

そういう意味で、この言葉も重かった。


岡本太郎

人生全体が終わりのない冒険であるはずだ。それを一定の目的だけに限定して、あたかも事件のように冒険が行われたりする。つまり、いわゆる冒険の前提には何か甘えがある。~中略~「冒険」では実は己自身も、社会の運命も、小ゆるぎもしない。そういう安定した社会、生活、ふだんの土台に、いつでも戻ってきて心身を休められる。それを期待し、頼りながら、ただ一時期、羽目をはずしてみるだけ。全体的、全運命的責任はとらないのである。

だから、冒険が終わればまた非常にむなしくなる。


偶然、縁があったり、タイミングやお金の都合が上手くいって、旅に出られる人もいる。でも、生活や人間関係に縛られたり、何となく臆病で、地元すら離れられない人もある。

そういう人生が冒険じゃないかというと、それは全然違って、やっぱり心の持ち方なんだなと思う。


あと、最後にもうひとつ大好きな言葉を。
これは音源のうろ覚えなので、細かい言い回しは違うかもだけど。


古今亭志ん朝

我々の社会でも、遊びを知らないってぇといい落語家になれないなんてぇますが、これもね、どうかなと思います。毎日遊んでて、落語がどんどんどんどん上達したら、こんなにいいことはないんですがね。


笑いながら、殴られたような気持ちになりますな。

カエルの歌

窓を開けると、涼しい風が入り込んできて、田んぼのカエルたちは、ケロリケロリと鳴いている。

唐突に誰かが鳴き出したかと思えば、大合唱になり、なにやらこちらにはわからないキッカケで一斉にしーんとなってしまう。

ふと会話が止まってシーンとなってしまうことを、「天使が通った」などと言うらしいが、カエルの世界にも天使はいるのだろうか。


何気なくTVをつけていると、タレントの武井壮が、どうやって十種競技で活躍するほどの運動神経を身に付けたか、という話をしていた。

とてもためになる話だった。

多くの人は自分の体を思い通りに動かしているように思っているけれど、実際はそうじゃない。

例えば、「水平に」両腕を広げ、それを鏡で見る。

自分は水平だと思い込んでいても、実際はちょっと上がっていたり下がっていたりするのに気がついていない。

体の動きの中にはそういったことがたくさんあり、そういう思い込みの上にいくら練習を重ねても効果が薄い、ということだった。

普通の人は、それに気が付かずに闇雲に反復練習を重ねるだけになってしまう。

という、ここのところがとても印象に残った。


なるほど、ミュージシャンにも同じことが言えるよな、と思い、自分がどのくらい歌の音程を正確にとれているかという実験をしてみた。

楽器で半音ずつ音を出しながら、チューナーを口の前に持ってきて計測してみる。

おお、意外と音が合っているように思いながら声を出していても、チューナーに通すと若干低い。

水平に腕を広げる話と同じだ。

音階によって、喉が正確に覚えている音もあれば、少し低めに覚えている音もあった。

低いのに、感覚的には合ってると思ってるんだ。

これは発見だった。

ボイトレ等を受けている人には、今更やってんの?と思われるかもしれないので、恥ずかしい告白でもあるのだが。

友人のギタリストも、ステージで最大のパフォーマンスを出すための講義みたいなものを受けに行って、緊張している時は、首の位置が普段冷静な時と違っている、と言われたと話していた。

それで、手の動きも上手くいかなくなっちゃうわけだね。

自分の体の動きをちゃんと把握するって大事だなと思う。


ところが音楽はスポーツではないので、必ずしも音程やリズムが正確ならいいわけではない。

ここのところにこだわるあまり、本来身に付けるべき「何か」を置いてきちゃうようだったら、最初からそんな練習はしないほうがいいとも思うのだ。


ケエロケエロと合唱する、カエルの歌は気持ちいいなと思う。

別に、音階もメトロノームも、アンサンブルのメソッドもありはしないんだけどねー。

うまく言えないが、素朴で豪華な音楽である。

2017年6月26日月曜日

It’s only a paper moon


喫茶ペーパー・ムーンライブに来てくださった皆様、ありがとうございました!

大切な友人で、かつては両替町「aura」の店主だった、こーすけくんが新たに開いたお店。
場所はしかも移転したカフェCAPUの跡地。

今回改めて再確認したけれど、CAPUの頃からこの場所はほんとにいい雰囲気に包まれていて、イベントをすれば、ライブの出来不出来にかかわらず、なんだかとってもいいことになるんだな。
常に大団円してしまうというか…。

その“いいことになる”という感覚が、ペーパー・ムーンに替わってからもそのまま残っていた。

それはやはり、長く素晴らしいお店を続けてきた、こーすけくんのセンスだと思う。

僕の演奏はといえば、今回、僭越ながらも2回のアンコールをいただいてしまった。

わーっと盛り上がるバンドなどならまだしも、僕はわりといつも静かな雰囲気の演奏なので、そういうことは滅多にない。

アンコールをいただいてまた出て行く瞬間というのは、今だにこっ恥ずかしく慣れないが、本当にありがたいと思う。

素敵なお客様と、お店の雰囲気に感謝します。