2017年11月21日火曜日

よみがえる昭和の唱歌コンサート

 

先週末、浅間神社で行われた「よみがえる昭和の唱歌コンサート」に、ボーカル・加瀬澤彩友美さんと、静岡県郷土唱歌の歌い手として出演させていただきました。

ご来場くださったお客様、浅間通り商店街のスタッフの皆様。

ありがとうございました!

ライブの間に、静岡県立大学の名誉教授で、静岡県郷土唱歌を研究されている高木桂蔵先生の講演をはさみ、かなり濃厚な時間でした。

先生は、レコーダーを持って静岡の山間部などに赴き、童歌や民謡などを収集していらっしゃるそうで、「時間との闘いなんです。」と仰っていた。

まさにその通りだと思う。

高齢の方がだんだんこの世を去るとともに、貴重な歌は失われていってしまう。

僕たちが世代の違う文化に興味を持ち、地域に根ざした生活をしない限り、残念ながらそれらは消えていく定めなのかもしれない。

それぞれが、思い出深い好きな歌とともに人生を歩んでいって、時代に合わなくなれば歌は自然に忘れられてゆく。それはそれで当然のことだろう。

ところが最近、歌が失われていくことは、時代に合わないものが淘汰されているからではなく、「自然破壊」に近いもののように思えてならない。


共同意識を確かめるために合唱したり、歌を作ったりすることは、今では少なくなった。

どちらかというと、情景や物事よりも心を扱った個人的な歌が多くなったと思う。

もちろん昔から心は歌われているが、それは「広い景色の中にいる、私の心」であり、今はそれが「私の心のためにある景色」に変わりつつあるように感じる。

その心が、歌の中の紅葉照り映える丘や、カエルたちの鳴き声や、故郷の山川をすみに追いやって、都合のいい形に捻じ曲げつつあるとしたら。

きっと本当の森林破壊のように、人の心に実害を及ぼしてくるのでは…、と考えてしまうのである。

「時間との闘いなんです。」という先生の言葉は、更に重く感じられるのであった。

なんて、ツタナイ自説を繰り広げてしまったが、大切に、昔の歌、地域の歌を出来る限り知って守っていきたいと思うのでありました。


全然関係ないけど、この写真、なんか妙に合成っぽくない?

2017年11月13日月曜日

おとぎ話~スノド~ドロフィーズ

忙しいけど楽しかった3日間。

NolenNiu-de-Ossi&丸山研二郎「おとぎ話の夜」と、そして、Lica Cecato JAPAN Tour in Shizuoka × Mika da Silvaに、ドロフィーズ・インテリアに来てくださった皆様、ありがとうございました。


デオッシとは4ヶ月ぶりの共演でした。

いつもながら楽しみなのは、デオッシ・サウンドはたった数ヶ月会わないだけでも「必ず」進化していること。

今回も、ユニークでしみじみと噛み締められる新曲を聴くことが出来た。自分のステージも含めて、お互いの関わり方、役割、楽しみ方もどんどんいい形になってきているような気がしました。

そんなデオッシとは2月にレコーディングを一緒にすることが決定!またその詳細は追って報告します。お楽しみに!


翌日はスノドカフェにて、ブラジル人シンガー「リカ・セカート」さん、評論家でもありパーカショニストでもある「ケペル木村」さん、静岡のミカ・ダ・シルヴァさん、ホベルト・カサノヴァさんご夫婦と共演させて頂きました。

リカさん(日本用の名詞に里香・チェカートって書いてあった笑)や皆さんの人柄が超オープンで、もう今日は純粋に楽しく、そして心熱くなったライブでした。

僕たちって(ミュージシャンであっても)どこか音楽は生活の脇に置いて、余暇でやっている場合が多いけど、リカ・セカートさんの歌は、喜怒哀楽が常に生活の中心として音楽に溶け込んでいる気がした。

だからこそ言葉はわからなくても、喜びや憂いが音に乗って心に迫って来るんだな。

誘ってくれたミカさん、ホベルトさん、素晴らしい演奏をありがとう。

仕事や行事の中にいても、家族と寛いでいても、いつでも音楽とともにある。
それが一番人間らしいと思う。

そんなシンプルなことに改めて気がついた2日間でした。


さらに翌日、浜松は都田にあるドロフィーズインテリアの宿泊施設「白のminka」にて、丸山研二郎+てづかあい+原口朋丈のトリオで、フリーライブをさせていただきました。

北欧デザインを中心とした異国情緒たっぷりのスペース。

カフェや雑貨店も敷地内にあり、ゆっくり半日過ごせるおすすめスポットです。

どれもこれも素敵なご縁をありがとうございました(^^)

2017年11月5日日曜日

秋の夜長コンサート


去る10月29日でわたくしも35歳になりました。

たくさんの方に支えられながら生活しているんだなと、特に子どもが生まれてからは、何かにつけ実感します。

そんな誕生日に、自分の実家でもある浜松・正晨寺での「ミニ法話と音楽の夕べ・秋の夜長コンサート」が偶然重なり、昨年に引き続き、ジャズシンガー鈴木麻美さんとのデュオで演奏しました。

またも台風に阻まれそうになりましたが、足元が悪い中、たくさんの方にご来場頂きました。ありがとうございました。

ちょうど演奏が終わる頃には、晴れ間がのぞき星も見えるというご褒美つき。

ミニ法話は、地獄と極楽の違いについてのお話でした。

ある男が地獄・極楽を見られるという旅行に参加すると、どちらの場所も似たようなところであった。

どちらも食卓にはごちそうが並べられていて、食べる際には同じルールがある。
1メートルもあろうかという長い箸で食事をすること。

地獄の亡者たちは長い箸で食べようとするが、長く持てば口には運べず、短く持てば端が隣の人にぶつかり、たちまち大喧嘩がおこり食卓はめちゃくちゃに。結局食事はほとんど食べられないのであった。

ところが極楽の住人は、長い箸では自分の口には運べないことを知っているので、お互いに向かい合って、食事を交互に食べさせあっている。そのためお互いに感謝の気持ちが芽生え、いつも平穏に、ひもじい思いもしないのであった。

というお話。

もちろんこれは例え話で、実際にそんな世界があるわけじゃないけど、「長い箸を使って食事をする」という例えは意外といろんな僕達の活動に当てはまるような気がする。

一人の力では成し遂げられないことばかりであり、我を張って自分だけが得をしようとすれば、そのとばっちりが別の人に当たり争いの種になる。

自分の身の丈をよく知って、助け合っていくべきなのだ。

なんて、口でいうほど簡単じゃないが。

家族も増え、我を張ってもボロが出て大したことなかったと、妙に考えさせられるこの数年。いつも支えてくれる妻に感謝である。

2017年10月14日土曜日

元気ライブ2017


何だか物凄いパワーと個性のコンサートだった。
作業所連合会「わ」の西部地区主催「元気ライブ2017」にお誘いを受け、演奏に行ってきました。

とても楽しく演奏させて頂きました。お客様、スタッフの皆様、ありがとうございました!

僕達の他には、障がいを持った方の事業所が企画するバンドが主に出演。
当事者の皆さんと、職員さんとが同じステージに立ち、パフォーマンスに取り組む。

ふたつの対象的な事業所が出演し、

ひとつはお菓子作りや内職などをきちっきちっと細やかに支援するいわゆる作業所。

もうひとつは全国的にも有名な、アート活動に取り組む自由な気風の事業所。

それは音楽性にも現れていて、前者は、皆がよく知っている有名な曲を、ダイナミズムや決まりのメロディはきちんと職員さんが主導権を握りながらエンターテイメントに努めているのに対し、

後者は、前衛的な語りと身体表現、毒々しい言葉もあり、誰が主導というのではなく即興も楽しんでいるようだった、いや、そもそもアンサンブルしない…?という感じ。

そのどちらも、メンバーはとても活き活きと演奏しているように見えた。

そしてそのどちらにも、あの…、どうやって音楽作ってらっしゃるんですか?と1時間ぐらい質問したかった。

中部地区でも頑張っていかないとね。

2017年10月12日木曜日

郷土唱歌CD発売記念ライブ


静岡の郷土唱歌を編曲しないかという依頼を受けてから、もう1年ほど。

唱歌集「静岡県郷土唱歌」の全28曲を編曲・録音し、T2オーディオレーベルよりCDを発売。
そして、ついに!レコ発ライブを無事行うことが出来ました。

まずは、ライブに来てくださった皆様、関わってくださったスタッフの皆様、ありがとうございました!

いやー、大変だったけど、本当にいい経験になりました。


郷土の歴史などの豆知識をMCではさみながら、出演の都合で抜いた2曲をのぞく、26曲を唱歌集の順番通り淡々と演奏したわけだが、まさに「初演」という言葉がふさわしい発表会であった。

つまり正直なところ、メンバー一同緊張したり、まだこなれていなかったりしてふわふわとした感じだったのだ。

第一回目にしか味わえないその雰囲気は、ある意味貴重だけれど。


改めて考えてみると、ぼんやりと捉えどころのない戦前という時代の、教育を目的とした生真面目な曲たちと、自分の様々なジャンルに触手を伸ばした編曲とが反応して、妙に不思議な唱歌が出来上がってしまったように思う。

僕達の小さな小さな郷土には、色とりどりの愛すべき景色が数限りなくある。
その土地土地に漂っている情感を、演奏によって表してみた結果だった。

そうそう、最近、古い白黒の写真や映像に色を付けるという活動があるが、まさにそんな雰囲気だ。

余分なこと…、と捉えてしまえばまさにそのとおりかもしれない。
でもそれによって見えてくる、リアルな現代と過去のつながり、というものもあるだろう。


録音も終えてから、実は「静岡県郷土唱歌」にはピアノ譜が存在していたことを知った。

小学校の先生が弾くための、ごくごく唱歌らしい伴奏であった。

それは本当の白黒写真で、まさに資料として大切にしなければならないものだと思う。


今の世の中は、文化も常識もどんどん移り変わっていって、おばあちゃんの知恵袋は迷信に、親の意見と茄子の花は、どうもきれいに咲かなくなってしまった。

うちの子は2歳になるが、まだ舌っ足らずで、咲いた咲いたチューリップの花がー、を
「ぴっぴっぽーのはだがー」と一生懸命歌っている。

せめて、おじいちゃんもおばあちゃんも、僕達も、子ども達も、みんなにこにこしながら一緒の歌を歌えるように、大切に語りついでいきたい音楽はもっとたくさんあるように思う。



2017年9月20日水曜日

空の灯音楽隊LIVEVOL.2

 
空の灯音楽隊LIVEVOL.2に来てくださった皆様、そして関わってくださったスノドカフェ始め、音響、照明、記録映像、受付、販売等々のスタッフの皆様、ありがとうございました。

メンバー一同本当に感謝しております。

公演から2日たち、ちょいと頭も冷えてきました。

ソロとしても、バンド・空の灯音楽隊としてもまだまだ荒削りな音楽(やっきになって削りすぎて無くなっちゃったりして…)を、たくさんの方に協力していただき、あのように綺麗に飾り付けていただいたことは、とてもうれしく、これからも公私ともに頑張っていこうと強く思っているところであります。


何年も前のこと。

ある友人が、「研二郎の音楽は、まるで長い絵巻物を見ているようだね。」というようなことを言った。

生活の一場面や、または心象の世界から、いろいろな風景を切り取ってきたものが自分の曲だ(誰の曲もそうかもしれないけど)。

なので全部の曲はつながり合っていると思う。

2枚の写真があれば、その間には、写り込まなかった空間と時の流れが本来はあったように。

それはすごく個人的な空間・時間であり、わざわざ額に入れて人に見せるものではないかもしれない。


少し前。

また別の知人が、「作品の説明というのはするべきだと思う。」というようなことを言った。説明をする権利がある、って言ったんだったかな…。

作品とは別の言葉で、その良さを伝えることは悪いことではないと。

だって、普通の商品や工芸だってそうして初めて売れるわけだし、芸術だけそれが下世話に思われるのはおかしいだろうと。

確かに、と思った。

「この曲はこういう時に作って、こういうメッセージを持っています。こんな風な気持ちになってもらえたらうれしいです。では〇〇を聴いて下さい。」

というようなMCがあんまり好きではなかった。
それは歌で感じさせることじゃん、って何処かで思っていた。

でも、はっきり意味を伝えるからこそお客さんにその歌が染み込むんだな、と思い直した。


この2つの言葉の記憶がキッカケで、だったら、ひとつひとつの曲の解説も含めて、作品(絵巻物)にしてしまおうと思ったのが、昨年のLIVEVOL.1から始まったコンサートのテーマだった。

日本画の詞書(ことばがき)みたいなものですね。

作品の説明や日付なんかも含めて一つの絵になってしまっている。
これってすごいなと思うのだ。

それが、MCをすべて詩の朗読にする、という挑戦だった。

第2回の今回は、今度は逆にその詩をもとに曲を作ったり、より物語性を持たせてみた。

朗読も、SPAC(静岡県舞台芸術センター)俳優の布施安寿香さんにお願いし、その実力をお借りして、より幻想的な物語の空間を作り上げることが出来たと思う。

もちろん挑戦は上手くいったことばかりではなく、もっともっと洗練させていかなくちゃいけない部分もたくさん発見しました。

いろいろな方に感想を伺いたいと思います。


最後に…、心配された台風も予報よりかなり遅れ、無事に開催できましたことも感謝したいです。台風によって被害にあわれた地域の一刻も早い復旧と、多くの方の安全を祈りつつ。

そんな危うい天候にもかかわらず、大幅に予想を上回る112名のお客様がご来場くださいました。

重ね重ね、本当にありがとうございました。

これからもあたたかいご指導(厳しくしないでねw)を、よろしくお願いいたします。

空の灯音楽隊LIVEVOL.2
丸山研二郎 加瀬澤彩友美 黒川浩和 しほみ てづかあい
中司和芳 原口朋丈 misato 渡辺真由子
ゲスト・布施安寿香

2017年9月15日金曜日

インド人に道を尋ねると、全然検討ハズレの方向を教えたりする(そうでない人ももちろんいるが)。

当然、後になって、

おいおい、嘘つきやがって!

と思う。

ところが、どうもそれは「嘘」ではないらしい。

あまりに心がホットなので、見ず知らずの異国の旅行者に対してかわいそうで、「知らない。」と言えないらしいのだ。
なので、当てずっぽうに答えてしまう。


やさしさの在り処、というのは難しい。

多くの人は、最初から「知らない。」と言ってあげたほうが親切だよ、と思うだろう。

わざわざ行った先で、違った、と気がついたときの徒労を考えれば当然だ。


でも、僕にはこのインド人の気持ちがなんとなく分かる。

さすがに当てずっぽうに道を教えたりはしないが、よかれと思ってしたことが的外れで、逆に悪く思われたりすることは誰しもあることだ。


この間、引っ越しを控えた知り合いから電話があった。

いろいろお世話になったお礼に贈り物を持って行きたいんだけど、たくさんあるので車で迎えに来てほしい…、とのこと。

あのね、お礼したいんだったら自分で持って来てくりょ!と僕は心のどこかで思うのであった。

でも逆に、そういうありがた迷惑や、盲目的な感じ、というのがもっと理解されるようになったらいいな、とも思うのだ。

それを、あなたほんとに感謝してるの!?こうあるべきじゃないの!とやっつけてしまったら、やさしさや思いやりなんていうのは、遠くの小さな的を正確に射抜くような、高度なテクニックになってしまうではないか。


結局迎えに行って、「お礼は自分で運べる分だけでいいですよ。」ってなことは一応言ったけど、きっと僕の的が狭かったんだな、と思って反省している。


練習に練習を重ねた形式的なやさしさはとても大切だが、後先考えない衝動的なやさしさも、僕は好きだ。

自分の「的」は広いほうが、人付き合いはもっとハッピーになりそうだ。

イラッとする場合もあるけど、それはどうやらお互い様なのね。

2017年9月10日日曜日

空の灯音楽隊 朗読部


空の灯音楽隊LIVE Vol.2まで、あと一週間になりました。

本日は尊敬する俳優である「布施安寿香」さんと、朗読の稽古+打ち合わせ。

そんな時、いつもは屋内の場所を借りるんだけど、今回はふと思いつき公園の樹の下で練習。

さすが、としか言いようがないその声と間の使い方に感心しながら、とてもいい雰囲気で進みました。

安寿香さんが声に出してテキストを読み始め、ふと気がつくと、自分がもう物語の中にいることに気がつく。

外から言葉や意味を眺めているんじゃなくて、すでにその内側にすいこまれている…、という感じだ。

今回のお話は、大きく穏やかな海と、そこに浮かぶ一艘の船の物語。

「・・・子どもの頃 寝る前には 母親に物語をしてもらうのが好きだった どこにでもありふれた昔話だ

眠りに落ちる一瞬の間に 幼い子はたくさんの夢を見る

夜の闇の中に 草木や 子ども達の笑い声や 甘い飲み物や 
鬼や異形の物怪や 涙や 火の粉が…
ぐちゃぐちゃに溶けて 夜ごとにたまってゆく

それは 底の見えない ひろいひろい水面 ・・・」

さて音楽とともに、どんなお話が生まれるのか、お楽しみに。


写真は、写真撮ってもいいですか?と安寿香さんに言われ、自撮り。

あんまり普段やらないな~。

数年前、韓国に旅行に行った時、みんな「自撮り棒」を持ってキャーキャー言いながら歩いてて、あんな恥ずかしいの日本では流行らんなあ、と思っていたら、その後急に流行した。

うーむ、わしズレてる?

たまにはいいね。

2017年9月8日金曜日

やまぼうしライブ


やまぼうしライブに来てくださった皆様、ありがとうございました。

やっぱりこの場所は特別。

お客様の一人が、
「まるちゃん、立派になって。森下さんが生きていたら喜んだわね。秘蔵っ子だったもんね。」
と。

フォークシンガーの故・森下よしひささんに誘われて、僕は初めてここにやって来たんだった。それが大学1年生の時だ。

それから十数年。
いやー、恩返しなどということには程遠いが、ぜめてよいミュージシャンであり、また娘の成長なども逐一報告したいと思うのであった。

もうすぐ20周年だって。

お祝いしないとね。

2017年8月25日金曜日

静岡県郷土唱歌完成!


CD「静岡県郷土唱歌」がついに完成しました!
今日手元に完成品が来ましたが、なかなか雰囲気ある仕上がりに。

販売は、僕と空の灯音楽隊メンバーの手売りの他、ネットでは通販サイト、静岡市内では書店などでも取り扱っていただく予定です。詳しく決まり次第、お知らせいたします。

僕のライブ会場ではもう購入できますので、ぜひライブにも足を運んで下さいね。

■「静岡県郷土唱歌」2枚組 全28曲入り¥3500
DISC 1
1 富士登山
2 蜜柑採3 八丁池
4 天城山
5 石廊崎
6 三保
7 富士山下り
8 遠州灘
9 牧野原茶園
10 秋葉山
11 三方原
12 金原明善
13 山田長政
14 德川家康

DISC 2
1 溫泉めぐり
2 濱名湖
3 富士の裾野
4 大井川下り
5 白絲瀧
6 千本松原
7 御前崎
8 久能山
9 天龍川下り
10 小夜の中山
11 蛭ヶ小島
12 江川坦庵
13 賀茂眞淵
14 今川義元

編曲:丸山研二郎
   石廊崎/渡辺真由子
   千本松原/丸山研二郎・渡辺真由子

丸山研二郎/歌・ギター・クワトロ・パーカッション
てづかあい/歌・ウクレレ
加瀬澤彩友美(ノーザンスター)/歌
misato/歌
黒川浩和/歌
しほみ/歌
中司和芳/ベース
原口朋丈/篠笛・和太鼓・パーカッション・三味線
丸尾あみ子/ヴァイオリン
渡辺真由子/ピアノ・キーボード・オルガン

録音・ミックス・マスタリング:坪井義幸(T2オーディオ)
ジャケット・デザイン:丸山成美
文章:鈴木大治
企画・制作:T2オーディオ


CDの歌詞カードに短い文章を書かせていただきました。
郷土唱歌の素性についてもわかりやすく書いたつもりなので、抜き出してみます。

以下CDの歌詞カードより~

 僕たちは脈々とつながる歴史の中で生きています。
 雄大な自然があり、人々の生活があり、進歩によって得られた安全や便利があり、また薄れてしまった情緒もあります。古き良き文化があり、発展のために失われた思いやりもあります。美しく語られる偉人たちの活躍があり、過ちとして心に刻まなければならない争いや因習もあります。
 静岡という土地にも、また他の、世界のどの土地にも、良きにつけ悪しきにつけ、ひとつひとつの出来事のたびに歌が生まれ、時とともに忘れられて来ただろうと思います。
 子ども達の郷土愛を育てる目的で、一般から詩が公募され、昭和11年に静岡県教育会から発刊されたこの「静岡県郷土唱歌」は、ある資料によれば、当時は小学校やラジオなどで親しまれていましたが、軍国主義による教科書の統一などのため、戦時中には歌われなくなってしまいました。戦後、復活の兆しが見られ、「静岡県・郷土の歌めぐり」という本に一部が再録されています。
 今回、アレンジにあたっては、歌詞+メロディのみの譜面を参考にしているため、楽器の編成から、前奏・間奏などのメロディ、伴奏の和音などはすべて私の創作です。歌詞は原本から一切変更していませんが、曲によっては拍子や歌いまわしをアレンジしているものもあります。そのため、当時、学校などで歌った記憶がある方には、大分違った曲に聞こえるかもしれません。そもそも音源資料がなく、このCD制作の目的が、曲集を当時の形のまま復元するというものではないため、どうかお許しいただきたいと思います。
 最後に…。一部の曲の歌詞の中には、当時の兵隊さんを讃え、軍国主義に向かおうとする社会の姿を感じさせる表現もあります。資料的な価値を大切にしたいと思い、すべての曲を収録いたしました。制作者一同に、戦争や当時の体制を賛美する気持ちは一切ないことを書き添えたいと思います。
 静岡県の古い写真集をめくるような気持ちで、一曲一曲を現在の静岡の姿と比べながら、感じていただけたら幸いです。

丸山研二郎

2017年8月23日水曜日

ホームコンサートプロジェクト


新しい企画を始めようと思います。

「丸山研二郎 ホームコンサート・プロジェクト」と題して、その名の通り“ご自宅に演奏に伺います”というものです。

家庭のこと、体のこと、仕事のこと、いろいろな事情で、生の音楽を聴きたいけど、なかなか会場に足を運べない、という方。または、家族や友人の集まりで、ちょっと音楽を添えて贅沢したい、という方。

こんな試みはいかがでしょう。

お一人様でもいいですよ。
ご不明な点はお問い合わせ下さいませ!


「丸山研二郎 ホームコンサート・プロジェクト」

■内容
1ステージ(30~40分程度)を基準に、ご相談に応じます。
演奏曲目は、オリジナル曲 + 会に合いそうな曲を中心に、選曲させていただきます。

■料金
5名以下 / ¥8000 6名以上 / 1名¥1500×人数
※15歳以下は無料。人数のカウントに含みません。
※会場が静岡市外の場合は、別途、交通費をいただく場合があります。

■その他
○ご依頼は、基本的には私の演奏内容をご存知の方、またはそのご紹介に限らせていただきます。
○音響設備のご用意ができません。会場は生演奏が聴こえる広さの場所でお願いいたします。
○音量への配慮が必要な場合は、あらかじめお伝え下さい。しずか~に演奏いたします。

■お問い合わせ
TEL / フライヤーを見てね。
mail メールフォームはこちら → qlick
メールの場合は、お名前・ご連絡先を明記して下さい。こんな場所で、こんな集まりで、こんな雰囲気で演奏してほしいんだけど、などなど、お気軽にお問い合わせ下さい。

2017年8月6日日曜日

LIVE VOL.2開催決定


9月17日(日)にスノドカフェ主催による「丸山研二郎+空の灯音楽隊」のライブ第2段が決定しました。

1stアルバム「空の灯」のリリースから1年。今回は朗読でSPAC(静岡県舞台芸術センター)俳優の布施安寿香さんが参加し、一層深い音楽旅行へと誘います。

とびきり素敵な時間にしたいと思います。
ぜひぜひご予約下さい。

ご予約はスノドカフェまで。

■9月17日(日)
空の灯音楽隊LIVE Vol.2

出演
丸山研二郎 G.Vo.
加瀬澤彩友美 Vo.
黒川浩和 Vo.
しほみ Vo.
てづかあい Vo.
misato Vo.
渡辺真由子 Key.
中司和芳 Ba.
原口朋丈 和太鼓.篠笛
布施安寿香 朗読

日時:2017年9月17日(日)
会場:静岡市民文化会館B展示室
開場15:00/開演16:00(終演18:00予定)
料金:¥2,800- (1drink付)
※市民文化会館ロビー棟1階、スノドカフェ3号店にてドリンク引き換え。
会場内でお召し上がり頂けます。

要予約
*スノドカフェ各店舗またはお電話、及びメールで承ります。

【チケット取扱・お問い合わせ】
スノドカフェ 清水 TEL 054-346-7669
スノドカフェ 七間町 TEL 054-260-6173
静岡市民文化会館店でもお買い求め頂けます。
WEBSITE http://www.sndcafe.net/event/2017/09/soranohi02.html

【アクセス】
静岡市民文化会館
〒420-0856 静岡県静岡市葵区駿府町2-90
JR静岡駅北口より徒歩25分
静岡鉄道新静岡駅または日吉町駅より徒歩10分
静鉄バス停「市民文化会館入口」より徒歩1分

【主催】
株式会社オフィススノド(スノドカフェ)


ギター、ベース、ピアノ、和太鼓、篠笛、そして力強い声の壁、が描き出す不思議な不思議な風景...。空にまたたく灯が、時には明るく、時にはうすぼんやりと照らす景色を漂いながら、心の片隅にしまっていた新しい力を探す旅に出る。

2017年7月16日日曜日

まさかの扉


おとぎ話ツアー最終日の翌日は、同じくデ・オッシとのライブ。

彼らが毎月企画している「まさかの扉」という企画に出演させていただきました。

来てくださった皆様、デ・オッシのふたり、コーディネーターのまっきいさん、ありがとうございました!

会場は東京、「HEAVEN青山」というライブハウス。

こぢんまりとしたホールながら、まず音響が素晴らしいことに感動。

間取りも、受付が外にあり、入ってすぐがバーカウンター、奥に進んだところがホールになっている。

グランドピアノが乗っても悠々と使えるステージは、会場のおそらく1/3以上をしめていて、どんなスタイルの音楽でも最大限パワーを発揮できるように…という心遣いが感じられました。

この日、僕は極端に体調が悪く、実は正直ライブどころではない、という状況であった。

でも、あたたかいお客さんの雰囲気と、素晴らしい音響と、デ・オッシの愛(?)に助けられ、力を振り絞ることができました。

また、それもプレミアムな感じ、ということで、これからの精進をお約束して、お許し願いたい(笑)

イベント「まさかの扉」がこれからも盛況でありますように!

2017年7月14日金曜日

おとぎ話ツアー終演


お礼の投稿が遅くなりましたが、

NolenNiu-de-Ossi&丸山研二郎「おとぎ話ツアー2017」に来てくださった皆様、各会場にて関わってくださった皆様。

本当にありがとうございました。

おとぎ話ツアーと題して行ったライブは今年3月から、

3月 LIVEHOUSE UHU
3月 クックハウス椿
5月 東壽院
6月 スノドカフェ七間町
7月 LIVEHOUSE UHU

5月には、突如会場の変更を余儀なくされましたが、たくさんの方にお声掛けいただき、無事開催することができました。そのことで、かえって各方面へのご縁が深まったようにも思います。

最後のUHUでは、満員のお客様にご来場いただきました。

一生懸命ライブをさせてもらった活動が実を結んでいったような気がして、とてもうれしく、感謝しています。

さて、NolenNiu-de-Ossiの演奏は、回を重ねるごとに深まっていきました。

何か、不思議な明かりで照らされた絵巻物を見ているようで、時には怪しく、時には郷愁を誘う。
他に類を見ない楽器の使い方(ルックスも含めて)と、複雑なのにどこか懐かしい楽曲が、本当に絶妙なバランスの上に成り立っていて、しかも全体的にあたたかい。

僕は、結構いろんな音楽を聞き慣れているので、ある程度免疫(?)があるんだけど、初めて見る人は、「んな…んなな…なんじゃあこりゃあ~!」と思うんだろうなと思う。

ところが聴けば聴くほど、最初の物珍しさよりも、じわじわと何か、やさしさのようなものの方が大きくなってくる。

もっともっとたくさんの人に紹介したいバンドだ。

僕のステージは、ツアー後半のライブでは、友人の和楽器奏者・原口朋丈氏とデュオで演奏をした。
もともと親しく、長いこと一緒に演奏をしてきたけれど、これも今回1歩2歩深まったようだ。

そして奇しくも、和楽器というものに焦点をあてた2つのグループによるイベントが出来上がった。

ちょっと手前味噌だけど、安易な異ジャンルコラボレーションではない、新しい和楽器の使い方を、ひょっとして提案できているのでは…?という若干の自負もあるのだ。

NolenNiu-de-Ossiは、しばらくはまた全国を旅し、僕は地元静岡にて演奏活動に励みます。

また必ずの再演を!

楽しみにお待ち下さいませ。

2017年7月6日木曜日

唱歌録音終了


静岡県郷土唱歌の録音、すべての工程を録り終えました。

やったー。

1曲1曲は短いながら、全28曲という大変な量。
(アレンジは、曲が短いから簡単…というわけじゃないのよ。)

仕事の合間をぬいながら、編曲・譜面作成・ミュージシャンのスケジュール調整+諸連絡・練習・録音・音楽監督と、普通は一人ではできないでしょ、と、仲間に言われる仕事の分量であった。

関係者ならわかってくれるだろう、と思う(笑)。

だからこそ、非常に勉強にもなった。

これからスタジオの主、Tぼい氏がミックスをしてくれる。それを楽しみに、また数日を過ごそうと思う。

今回関わってくれたミュージシャンは、

加瀬澤彩友美 歌
黒川浩和 歌
しほみ 歌
てづかあい 歌・ウクレレ
中司和芳 ベース
原口朋丈 篠笛・和太鼓・パーカッション・三味線
丸尾あみ子 ヴァイオリン
misato 歌
渡辺真由子 ピアノ・キーボード・オルガン
(あいうえお順敬称略ね!)

でした。
みんな、ありがとうございました。

2017年7月2日日曜日

Sivuca


ちょっと用事でブック・オフに立ち寄って、何気なくCDコーナーを見ていると…。

なんと、ネットで購入ボタンを押そうか迷っては消し、迷っては消ししていた、ブラジルの鬼才Sivuca(シヴーカ)のCDが。

しかも安い。

ほぼ地元のCDショップなんかでは出会えないと思っていたのに。

そそくさとレジへ持って行く。

しみじみと聴きながら、買ってよかったな~と思うのでありました。

Sivuca-Sivuca
https://www.youtube.com/watch?v=Ra8IbQ7-vcc&t=1867s

2017年6月29日木曜日

上手さとは その2

なんかどうもこのところ、本当に上手いとは、みたいな疑問に関わることばっかり書いているな、とふと気づいた。

お前はどうなんだよ、と言われると言い返せない。ぐむむ。

なので、僕の思うウヤムヤを書き連ねるより、偶然にも最近読んだ言葉たちを紹介したい。


パブロ・カザルス(スペインのチェロの名手ね)

私はいつもテクニックを手段と見做してきた。それ自体を目的とすることはしなかった。もちろん、テクニックに熟達することは必要である。と同時に、そのとりこになってはならない。テクニックの目的は音楽の内面的な意味の、そのメッセージの、伝達にあることを理解しなければならない。

もっとも完璧なテクニックとは、人に全然それと気づかせないテクニックだ。


カザルスの言葉にはぐうの音もでない。

逆に。

いい音楽家になりたかったら、旅をしろ、恋をしろ、などということはよく言われるが、これは「テクニック」と対になる要素だと思う。

そういう意味で、この言葉も重かった。


岡本太郎

人生全体が終わりのない冒険であるはずだ。それを一定の目的だけに限定して、あたかも事件のように冒険が行われたりする。つまり、いわゆる冒険の前提には何か甘えがある。~中略~「冒険」では実は己自身も、社会の運命も、小ゆるぎもしない。そういう安定した社会、生活、ふだんの土台に、いつでも戻ってきて心身を休められる。それを期待し、頼りながら、ただ一時期、羽目をはずしてみるだけ。全体的、全運命的責任はとらないのである。

だから、冒険が終わればまた非常にむなしくなる。


偶然、縁があったり、タイミングやお金の都合が上手くいって、旅に出られる人もいる。でも、生活や人間関係に縛られたり、何となく臆病で、地元すら離れられない人もある。

そういう人生が冒険じゃないかというと、それは全然違って、やっぱり心の持ち方なんだなと思う。


あと、最後にもうひとつ大好きな言葉を。
これは音源のうろ覚えなので、細かい言い回しは違うかもだけど。


古今亭志ん朝

我々の社会でも、遊びを知らないってぇといい落語家になれないなんてぇますが、これもね、どうかなと思います。毎日遊んでて、落語がどんどんどんどん上達したら、こんなにいいことはないんですがね。


笑いながら、殴られたような気持ちになりますな。

カエルの歌

窓を開けると、涼しい風が入り込んできて、田んぼのカエルたちは、ケロリケロリと鳴いている。

唐突に誰かが鳴き出したかと思えば、大合唱になり、なにやらこちらにはわからないキッカケで一斉にしーんとなってしまう。

ふと会話が止まってシーンとなってしまうことを、「天使が通った」などと言うらしいが、カエルの世界にも天使はいるのだろうか。


何気なくTVをつけていると、タレントの武井壮が、どうやって十種競技で活躍するほどの運動神経を身に付けたか、という話をしていた。

とてもためになる話だった。

多くの人は自分の体を思い通りに動かしているように思っているけれど、実際はそうじゃない。

例えば、「水平に」両腕を広げ、それを鏡で見る。

自分は水平だと思い込んでいても、実際はちょっと上がっていたり下がっていたりするのに気がついていない。

体の動きの中にはそういったことがたくさんあり、そういう思い込みの上にいくら練習を重ねても効果が薄い、ということだった。

普通の人は、それに気が付かずに闇雲に反復練習を重ねるだけになってしまう。

という、ここのところがとても印象に残った。


なるほど、ミュージシャンにも同じことが言えるよな、と思い、自分がどのくらい歌の音程を正確にとれているかという実験をしてみた。

楽器で半音ずつ音を出しながら、チューナーを口の前に持ってきて計測してみる。

おお、意外と音が合っているように思いながら声を出していても、チューナーに通すと若干低い。

水平に腕を広げる話と同じだ。

音階によって、喉が正確に覚えている音もあれば、少し低めに覚えている音もあった。

低いのに、感覚的には合ってると思ってるんだ。

これは発見だった。

ボイトレ等を受けている人には、今更やってんの?と思われるかもしれないので、恥ずかしい告白でもあるのだが。

友人のギタリストも、ステージで最大のパフォーマンスを出すための講義みたいなものを受けに行って、緊張している時は、首の位置が普段冷静な時と違っている、と言われたと話していた。

それで、手の動きも上手くいかなくなっちゃうわけだね。

自分の体の動きをちゃんと把握するって大事だなと思う。


ところが音楽はスポーツではないので、必ずしも音程やリズムが正確ならいいわけではない。

ここのところにこだわるあまり、本来身に付けるべき「何か」を置いてきちゃうようだったら、最初からそんな練習はしないほうがいいとも思うのだ。


ケエロケエロと合唱する、カエルの歌は気持ちいいなと思う。

別に、音階もメトロノームも、アンサンブルのメソッドもありはしないんだけどねー。

うまく言えないが、素朴で豪華な音楽である。

2017年6月26日月曜日

It’s only a paper moon


喫茶ペーパー・ムーンライブに来てくださった皆様、ありがとうございました!

大切な友人で、かつては両替町「aura」の店主だった、こーすけくんが新たに開いたお店。
場所はしかも移転したカフェCAPUの跡地。

今回改めて再確認したけれど、CAPUの頃からこの場所はほんとにいい雰囲気に包まれていて、イベントをすれば、ライブの出来不出来にかかわらず、なんだかとってもいいことになるんだな。
常に大団円してしまうというか…。

その“いいことになる”という感覚が、ペーパー・ムーンに替わってからもそのまま残っていた。

それはやはり、長く素晴らしいお店を続けてきた、こーすけくんのセンスだと思う。

僕の演奏はといえば、今回、僭越ながらも2回のアンコールをいただいてしまった。

わーっと盛り上がるバンドなどならまだしも、僕はわりといつも静かな雰囲気の演奏なので、そういうことは滅多にない。

アンコールをいただいてまた出て行く瞬間というのは、今だにこっ恥ずかしく慣れないが、本当にありがたいと思う。

素敵なお客様と、お店の雰囲気に感謝します。

2017年6月23日金曜日

上手さとは

音楽の「上手さ」とは何だろうとよく考える。

あいつは上手いだけで個性がないね、などといわれて、上手い人は嫌われることすらある。

やっぱりそれは本当の上手さじゃなくて、ただ単に指が早く動くとか、たくさんの曲やフレーズを知っているとか、リズムや音程が正確だというだけなんだろう。

どこまで行っても全体的なことじゃないのだ。

僕はブラジルの音楽が好きで、聴いていると、何となく上手さということのヒントをもらえるような気がする。

歌の音程が甘かったり、リズムがガタガタしていたり、そんな音が恥ずかしげもなく陳列されているのに、名盤として讃えられていたりする。

(それは分析的に聴くと…の話であって、ブラジルの音楽家って全然下手くそじゃないんだよ。実際は上手くないとできない音楽。誤解のないよう。これは、商業音楽以前のワールド・ミュージック《もちろん日本の音楽も含めて》にも言えるんだが、商業音楽に片足を突っ込んでいてもなお、何かが残っているのがブラジルと僕は勝手に思っている。)

でも、聴いているとそんなことは気にならなくなって、圧倒的な雰囲気に飲み込まれて陶酔してしまう。

僕の好きなこの曲もそうだ。

Artur Verocai - Caboclo
https://www.youtube.com/watch?v=ZnC-XX70XWw

よく聴くと歌なんか音程もフラットしてるし、ギターもチューニング狂ってんの?っていうぐらいなのに、なぜか逆にそれが気持ちいいとすら思える。

涙が出そうなぐらいにかっこいい。

この圧倒的な存在感は何だろう。

そこに本当の上手さの秘訣があるような気がする。

2017年6月21日水曜日

おとぎ話ツアーatスノドカフェ


NolenNiu-de-Ossiとの「おとぎ話」はどうも本当に長い話になっていきそうで、自分でも予測不可能で非常に楽しんでいる。

6月のおとぎ話ツアー、スノドカフェ七間町に来てくださった皆様、ありがとうございました。

回を重ねるごとに濃厚になっていく、という表現は自己満足的に軽々しく使われる場合があるが、なかなか、本当に濃厚になっている実感のある、この企画なのです。

今回は、完全に生音のライブであった。

僕は、生音のライブが好きだ。

(音響を否定しているわけではないですよ。上手な音響に恵まれたときの心地良さは、また至福。)

デオッシの音楽も、やっぱり音響を通さない生の音で聴くときが一番感動する。
今回のステージは、僕が今まで見た中では一番好きだったかもしれない。

楽器と声とのバランスが取りにくく、小さい音はより繊細に、力強い音は生々しく響く。

機械を使って増幅したときとは、また違った何かを音に乗せていかないと、ただ音が小さいだけ、になってしまう。

音響有りよりも、生でやるときのほうが何かを加えなければいけない…、という。
いや、というよりは、もともと演奏の中に有るべきものを、音響を使うときには引かなければならない、ということ。

ここがおもしろいところ。

で、そのもともと有るべきものってなに?というのは、非常に感覚的なもので、うまく文章にはできないのでございます。


オンコールで急きょ、デオッシのオリジナル「決めた」を3人で一緒に演奏した。
とても深くていい曲。

NolenNiu-de-Ossi 『決めた』
https://www.youtube.com/watch?v=bTDk99HTM7U

うちの妻と子どももプロモのどこかにいるよ。


次回は我らがホーム、UHUにて。

7月8日の夜です。
ぜひチェックしてくださいね!

2017年6月14日水曜日

分断

自閉症などの障がいを持った人たちが、音や光や、“普段と違うこと”や、まわりの変化に非常に敏感なのは、科学的に意味があって、彼らは、本来的な人間存在の中では、人間のコミュニティが自然や人間以外の環境とどう付き合っていくか、を敏感に察知していくためのアンテナのような役割を持っていたのだ、という。

逆に、いわゆる健常者(と自分で勝手に言っているボクたち)は、どのように効率的に社会を回してゆくのか、を考える役割に特化している人たちなのだ。

今はなぜか、後者の力が強くなってしまって、本来ちゃんとした役割を持っていた人たちに「障がい」というレッテルを貼っているのだ。

…という研究がなされているという記事を読んだ。

なるほど、言い得て妙だなと思う。

「あのさー、環境のこととか、平和についてとか、一度でも考えたことあるの?」と質したくなる人は確かにいる。

先の話でいけば、そういう人は、自分に与えられた社会を回していくことに特化しているだけなのだということになる。


ここからは自分の推測の話だが、例えば、

①環境からのメッセージを察知する人→②受け取ってシステムを作る人→④できたものを効率よく回す人→⑤結果を分析し後に伝える人

こんな役割が考えられる。

これが分断されて、お互いが理解できず蔑んでいるのが今の社会ではないだろうか。


そうやって考えると本来はもう一役、その違いをつなげていくための潤滑油のような役割をもった人が存在したはずだ。

「→」のところに存在する人たち。

それは、「本来の」音楽家とか芸術家などという人たちではないだろうか。

または人ではなく、それは「本来の」宗教や、信仰といったものではないだろうか。

だから!わたくしたちが頑張らねば、という話に持っていくのは、こじつけだと思って黙っているわけである。

しかし、あくまで「本来の」というところは強調したいポイントである。

2017年6月10日土曜日

別々の記憶

特定の人種や思想を持った人を、差別したり、意味なく嫌ったりすることはいけない、と思う。

言うまでもなく当然のことだが。

ところが差別の種はそこかしこに潜んでいる。

昨今ニュースを賑わせた、障がい者施設などで起こる虐待もその片鱗だろう。

理解しがたいものを、自分の価値観を超えたところで想像力を働かせ、受け入れる。
または、こうあるべきだ、という手放しがたい自分の物差しを、手放す。

そういうことができる人は非常に少ない。

自分もできない場合のほうが多い。

もちろん僕は障がいを持った人に手を上げたことはないし、これからも決してしないだろう(口喧嘩は時々するけど…)。

しかし同じ福祉職員として、虐待に加担する人の気持ちは常に、疲労や不理解の裏、紙一重のところにある、と感じる瞬間がある。

これが恐ろしい。

そして、優位な、ある立場に回った者は、タガが外れるととことんやってしまうのだ。
しかも、それを間違っていると思えなくなってしまう。


ところで、僕には韓国人の親友がいる。

本当にやさしい人で、しかもユーモアがあり、彼以上の紳士を僕は日本人の中に知らない、というぐらいだ。

旅行がてら、韓国の彼の実家に遊びに行ったことがあった。

彼のお父さんは(今はもう亡くなったが)、流暢な日本語で僕を迎えてくれた。

どうしてそんなに日本語がお上手なんですか?とうっかり聞いてしまって、あっ、と返事が来る前に後悔したのだが、息子である彼は、「お前らが支配してたからだろうがよー。」と笑いながら言った。

彼のお父さんも別段怒ってもいなかったが、本当に申し訳なく思った。

当時はきっと辛い思いもされたことだろう。


これは、教科書が正しいかとか事実がどうかとか、そういう問題ではないんだ。

彼らには彼らの記憶があり、またその生活の中で違った面から日本という国を見ている。
その物差しを僕が持っていないだけだ。

的外れかもしれないが、今、日本だけでなく、横暴な右寄りの政治を推し進めているのは、どこか心に差別心を持つ人たちの力によるところは大きいだろうと思う。

その世界に知り合いもおらず、ニュースや、正しいかどうかもわからない知識だけで、あいつらは!と曰う人の浅はかさである。

彼に出会う前は、自分にも少しそういうところがあったかもしれない。

もちろん、政治のやり方として、個人のあり方として、悪いところは悪い!と言わなければならないこともある。

誰かが書き間違えた本を読んだまま、終生理解し合えない人もきっといるだろう。

ところが、転んではいけない側が確かに存在する。
先に転ぶのは常に「ある立場に回った者」達なんだと思う。

そして、仲間たちの日常の疲労や他の世界に対する不理解の裏に、すっと甘い言葉を差し込んで、味方にしてしまう。

しかも、それを間違っていると思えなくなってしまうんだ。

2017年6月6日火曜日

藪の中

すっかり夏めいてきて、少し歩いた川沿いでは、ホタルが少し切なげに夜を漂っている。

立葵の花が咲くと、ああ、また一年がたったなと思う。

自分としてはなぜか季節の移り変わりを感じる花だ。


今日は国会中継を見ていた。

本当に、つくづく、これからの日本はどうなってゆくんだろうと思う。

もちろん今に始まったことではないが、少なくとも安心してはいられない時代だ。
しかし、「安心して」人々が暮らしていた時代などなかっただろう、とも思う。


どちらかが嘘をついている。

最近そんなニュースばかりだ。

または両方とも嘘か、ウソとホントが入り混じってめちゃめちゃになっているか。
まさに「藪の中」である。


身近でも似たようなことがあった。

-こう言ってたらしいね?

-いや、言ってないですよ。

-でも〇〇が△△だって君が言ってたと、Aさんから聞いたよ。

-いや、〇〇って単語すら使ってないと思います。

-え?そうなの?

-□□が☓☓とは言ったかもしれないけど。

-うーん。

たかが友人同士の会話で、薮に入ってしまうのだから、たくさんの組織が入り混じっていればなおさら、である。


しかし、本当に信じるべきは何だろう、と思う。


本当であるか、嘘であるか、そんな無味乾燥なことが問題なのではない。

大事なのはムードなんだ。

最後には悪いやつらは改心し、愛する二人は無事添い遂げるという物語のムード。

どんな物語も、数が多い方がムーディだったことは一度もないのだった。


ぜんぜん真面目な話じゃなくなっちゃった。

ごめんなさい。

きれいごとでうまくいくなら誰も苦労はしないよね。
でもさ、きれいな世の中であって欲しいと切に思うよな。

2017年5月21日日曜日

東壽院ライブ

NolenNiu-de-Ossi&丸山研二郎 おとぎ話ツアー2017

東壽院さんでの公演が無事に終了いたしました。

まずは、急にも関わらず、会場の手配に音響にとご尽力して下さったトラディッショナル・サウンドの堀池さん、快く受け入れて下さった東壽院ご住職始め、寺内の方々、遠方から駆けつけて下さったお客様、ボランティアで受付を買って出て下さった俳優の関根さん、本当にありがとうございました。

他にも「うちで演っていいよ」とか「会場紹介するよ」などと、何人かの方に温かい声をかけていただきました。

仲間のありがたさを改めて感じた今回でありました。


さてさて僕達、丸山研二郎&原口朋丈は、今回の練習+公演を通じて一歩深まったように感じた。

アレンジに関して原口くんともいい話ができた。
和太鼓とギターをどのように組み合わせるかについて、小さくて大きな手がかりを得たような気がするのだ。

それは技術的なこと(ここは秘伝のタレと同じで企業秘密ね)でもあったが、精神的なことでもあった。

和楽器と洋楽器は、ある意味でぜ~んぜん合わない。

楽器の音や、それが組み合わさった曲の、良さに対する考え方がそもそも違う。

どちらかが活きると、どちらかの良さが失われてしまう。

一見合っていると思うのは、ただ音階や音のタイミングが合っているだけで、本当にその楽器同士が合奏しなきゃいけないのか、と問われると、どうかな?と思うものも多い。

ではなぜ挑戦するのかというと、和楽器奏者・原口朋丈氏が、素晴らしいミュージシャンである以前に、安心して心を委ねられる友人だからだ。

その友人が、偶然に和楽器を演奏していただけの話だったんだ。

今まで妙に、音楽的にダサくない新しいコラボレーションの形を模索しようと、考えすぎていたかもしれない。

無理に利益を失ってまで合わせる必要はないし、時には我慢も必要だ。そして出る時は存分に出る。相手が出る時は相手を立てる。

それがいい音楽を作る素だった。

そして、友情を持ってお互いの音を信頼し、尊重していくことが、楽器や音楽性の違いを乗り越えてゆく唯一の方法だったのじゃないか。

そんなシンプルなことに気がつくのに何年もかかる。

やーい、って思うでしょ?

実際やってみ。大体自分のことで精一杯になっちゃうんだから。


デ・オッシの2人は、相変わらず素晴らしいステージだった。

彼らも、楽器に関しては僕らと同じ側面を持ったユニットだ。

きっと僕がやっと気がついたようなことは、とうに乗り越えているだろうけれど、だからこそ、その音楽が唯一無二の魅力を持って、常に新しく語りかけてくれるんだろうなと思う。

それに、何か2人に会うと妙に安心するんだよね。

この2組はずっと続けたいな。


次回、2公演もお楽しみに!

さらに磨きをかけて頑張ります。


■6月16日(金)
スノドカフェ七間町
出演
NolenNiu-de-Ossi(ノレンニゥー・デ・オッシ)
丸山研二郎(ソロ)

OPEN 18:30 START 19:30
入場料¥2000 + 1ドリンクオーダー

スノドカフェ七間町
静岡市葵区七間町7-8
TEL 054-260-6173
http://www.sndcafe.net/sc7.html


■7月8日(土)
LIVEHOUSE UHU
出演
丸山研二郎&原口朋丈
NolenNiu-de-Ossi(ノレンニゥー・デ・オッシ)

OPEN 18:00 START 19:00
入場料¥2160 + 1ドリンクオーダー¥500

LIVEHOUSE UHU
静岡市葵区七間町9-10 ワイシーシー第ニビルB1
TEL 054-253-1418
http://livehouse-uhu.com/

2017年5月20日土曜日

若干の疲れ

たまにイベントなどで頼まれて歌ったりするので、職場にはミニギターを持って行って置いてある。

今日は妙にくたびれてしまったので、ふと思いついてギターを取って5分ほど弾いていると、すーっと疲れがほどけた。

やっぱり音楽には癒やしの力があるんだなと改めて思う。

何の曲を弾いたかって?

バッハ。

うわー、きざったらしくて、はずかしー。

2017年5月9日火曜日

了善寺~東壽院

東海道音楽祭・了善寺コンサートは、なんと100人超えのお客様にご来場頂きました。

2時間にも及ぶ演目で、出入り自由にも関わらず、多くの方が最後まで聴いて下さいました。

とても嬉しい反面、もっともっと精進しなくちゃ、とも思うのです。

来てくださった皆様、了善寺の皆様、ありがとうございました!

帰路。

突然の雷雨が、ざーざーとやってきて、ふと見ると素晴らしい二重の虹が。
見とれちゃって、写真はありません。

夕立の後の空気はとても爽やかで、何やら、とても楽しかった一日でありました。



そして、「NolenNiu-de-Ossi&丸山研二郎 おとぎ話ツアー」で演奏をさせてもらう予定であった、このみる劇場の突然の閉館から一転、5月20日の会場は、清水区は但沼の「東壽院」さんに決定いたしました。

さらに、僕の出番はソロではなく和楽器奏者・原口朋丈氏とのデュオで。



詳細はコンサートのページを御覧ください。
http://kenjiromaruyama.blogspot.jp/p/concerts.html

このみる劇場の閉館について、まだ詳しい情報は上がっていませんが、一刻も早く新しいよい場所が見つかり、再スタートできることを祈っております。

2017年4月17日月曜日

清水綺譚

清水にて2本演奏をさせていただきました。

来てくださった皆様ありがとうございました。

まずは、zilL&丸山研二郎のクレイファクトリー・ライブ。

ジルくんとご一緒させてもらうのは何年ぶりだろうか。

彼のステージは「相変わらず」だった(笑)。
いい意味でね。

お客さんがもういるのに、でっかい声で発声練習してるし。

急にセットリストを変更したり、今日作った、という未完成な曲をいきなり演っちゃって危なっかしかったり…、奇想天外だが、その底抜けのあたたかいキャラクターに、残らずみんなニコニコと笑顔になって帰っていく。

もちろん、とてもきれいなメロディで、明るく勇気づけてくれる曲たちがあってこそ。

ジルくんが「自分のカフェライブの原点だ。」というクレイファクトリーのすばらしい雰囲気も助けて、笑いあふれる楽しいライブになったようです。

偶然来ていたミュージシャンのZANちゃんが、椅子を叩いて乱入するハプニングも有。
楽しかった。


もう一つは、クローバー・カフェにてソロのライブ。

こちらは21:00からライブ開始と、始まる時間が遅い。
でも、店内にはゆったりとした時間が流れていて、非常に心地よく過ごすことができる。

不思議な空間だな、と思う。

その空間のせいか、いつも自分の感情と妙に向き合うことができるステージになる。

お客さんは皆あたたかく聴いて下さるので語弊はあるが、なぜか程よい孤独感があって、まるで自分だけぽつんと離れて演奏しているような、そんな奇妙な感じにとらわれることがある。

うまく表現できないけれど、緊張もしなければ舞い上がりもしない…、というか。

フラットである、というか。


朴訥だけど優しいマスターも本当にいい感じだ。

自家製野菜はハッとするほど美味しいし、超個性的なお店である。

ここ最近、清水で演奏させていただくことが多い。
特に選んでいるわけではなく偶然だけど。

清水銀座は閑散としている。

数十年前は飲み屋街はすれ違うのも大変だった、と誰かに聞いたが嘘みたいだ。

でも、一軒一軒のお店が非常に個性的で面白い。
飲みに行こうかな、と思うと、あ、清水がいいかなと思う今日このごろ。


日がな桜の下に寝転んで、ずっと満開の花を眺めていたいと思う。

毎年そう思う。しかしそんな暇はどこにもなく、空想に終わってしまう。

時間は作ればないことはないんだけど、今は子どもをほっぽらかして一人でごろごろできない、と思う。
じゃあ子どもがいなかったころはどうかというと、仕事が忙しいからとむりだと思っていた。

仕事が忙しくなかったころはどうだったかというと、桜の下に一日居たいなんて考えもしなかった。

何においてもそんな感じである。

人生はあっという間かも知れない。

2017年4月7日金曜日

リハーサル開始

「静岡県郷土唱歌」の前半の譜面が完成し、リハーサルが始まった。

ほとんど意識はしていないのだが、僕のアレンジは妙にクラシックっぽくなるらしく、依頼主のT2オーディオ・坪井さん曰く「室内楽」的な感じだそうだ。

空の灯音楽隊のメンバーを中心に、今回はヴァイオリニスト・丸尾あみ子さんにも参加してもらっている。

そのヴァイオリンの響きが、そんな印象をさらに深めているのかもしれないが、そこに、和太鼓・パーカッションやジャズ・ベースが加わり、ピアノが入り、シンガーソングライター的なボーカルが入ると、空の灯音楽隊のサウンドになる。


このように書くと、発想だけのごちゃまぜ音楽のようだ。

でも、なぜかきちんと音楽は1つの方向に向かっていく(ように僕は勝手に思っている)。

メンバーのみんなが共通して、譜面では伝わらない何かを即座に汲んでくれるのだ。
自分が、意外な音に対して寛容すぎるっていう説もあるんだけど。


ふとした口約束から始まったこの録音。

思った以上に面白い音源になりそうな予感がしている。

後半の方のアレンジも只今猛烈に進行中です。

いろんな仕事の合間にかなりのスピードで行っているので、間違いも多い譜面を、また即座に指摘して一番いい感じに直してくれる、そんなメンバーのみんなに感謝。

2017年3月26日日曜日

おとぎ話ツアー~もでらあとライブ

 NolenNiu-de-Ossi&丸山研二郎
「おとぎ話ツアー2017」3月24~25日 お越しくださった皆様、そして静岡LIVEHOUSE UHUと御前崎クックハウス椿の皆様、ありがとうございました。 素晴らしい2つの会場で、自分たちも純粋に演奏を楽しむことができました。 これから5~7月の静岡市内3公演に向けて、とても幸先の良いスタートです。 詳細を決定したら、すぐにお知らせいたします。 きっと来てくださいね。



  
デ・オッシの音楽の詞をゆっくりと噛み締め、アレンジと音色にじっくり聴き惚れる2日間だった。

今までももちろん素晴らしいと思っていたが、もっと味わい方がわかってきた今日このごろだ。

「詩に酔う」とか「陶酔する」なんていう言い方あるが、文化として詩を嗜み、披露し、その言葉の響きを反芻し何度も噛み締めて、それぞれが自分の解釈を加えながら、味わってゆく。

そんな風に、何度も何度も聴くごとに感動が深まっていく音楽なんだな。

2日目、オープニング・アクト(O.Aには申し訳ないようなミュージシャンなのだが)として仲間であるピアニスト・よっぴーさんが出演してくれる予定だったが、諸事情により出演できなくなってしまった。

なので急きょ、よっぴーさんのバンドで歌う予定だったシンガー・柴田久美子さんが、僕の曲、デ・オッシの曲をカバーで1曲ずつ歌ってくれた。

とても嬉しかった。

しばくみさんまたやろうね~。


御前崎から静岡市内まで車で約2時間。

帰りは深夜。

ぼーっと車を走らせていると、いろいろとツアーに回っていた頃のことを思い出す。

何となくかけていたブッゲ・ヴィッセルトフトのピアノが妙に心を包んでくれた。

Bugge Wesseltoft - Singing
https://www.youtube.com/watch?v=k8-LInAV3pE



そして、本日はその興奮覚めやらぬなか、非常に疲れた体を引きずっての清水「もでらあと」のランチタイムコンサートでした。

共演のてづかあいさんとリハーサルを終えて、ぎりぎりに会場に着き、ドアを開けて、僕は目を疑った。

満席である。

あわててバタバタと準備をしたが、音響はトラブるし、あいさんの椅子はなぜか壊れるし、波乱含みのスタートであった。

でも、来てくださった皆様のあたたかさに疲れはふっ飛んで、最終的にはゆったりとした春のかおりをお届けできた、よいコンサートになったのではないかと思う。

ただ、ご予約がなく、入れずに遠慮してお帰りになったお客様もでてしまった。

ミュージシャンとしては満員御礼で嬉しいながら、せっかく楽しみにしてくれた方々に非常に申し訳なく思うことです。

これに懲りずに、またぜひお出かけくださいませ。


この3日間は、自分の心もほぐれたようないい3日間だった。

次回に向けて気持ち新たに頑張ります!