2017年12月23日土曜日

LIVE Vol.2 朗読テキスト

今年9月に行った空の灯音楽隊LIVE Vol.2では、SPAC俳優の布施安寿香さんとコラボレーションし、物語を下敷きにしながらの音楽コンサートを作りました。

その時のテキストを公開させていただこうと思います。

ライブ映像と合わせてご覧下さいませ。

LIVE Vol.2 前半
https://www.youtube.com/watch?v=jK8X5XihI8c

LIVE Vol.2 後半
https://www.youtube.com/watch?v=BJYTpc1es4c



空の灯音楽隊 LIVE Vol.2
歌詞・朗読テキスト 丸山研二郎
中央に表示は歌詞



大爆発の歌

揺れる炎の風
すえた影をふりまく
もののけが湾を埋める
海の上のまっすぐな道

陽炎が 街を揺らす
太陽が爆発する
もののけは 傘をさし
雲の影に 足をすくわれる

煙る爆発の後
すえた水色の雨
天の揺籃 静かに満ち
始まりは遠く 近しいところ


晴れやかに 伸びやかに遊び
あっという間に 日は行ってしまう

夕まづめに まだ何か 優しい時間が残っているように思い
一日を振り返ってみるが
夕飯を食べ お風呂に入れば すぐに眠る時間がやってくる

子どもの頃 寝る前には 母親に物語をしてもらうのが好きだった 
どこにでもありふれた昔話だ 

むかし むかしあるところに… 

眠りに落ちる一瞬の間に 幼い子はたくさんの夢を見る

夜の闇の中に 草木や 子ども達の笑い声や 甘い飲み物や 
鬼や異形の物怪や 涙や 火の粉が…
ぐちゃぐちゃに溶けて 夜ごとにたまってゆく

それは 底の見えない ひろいひろい水面  

ここちよい光を見つけ 春の風に舞い
苦境に祈り また 小さな恋の炎に身を焼くようになるころには
その水たまり 広大な海の 繊細な成り立ちを
思い起こさずにはいられなくなる

そして ぐるぐるとしためまいの中で
一杯一杯 その水をすくっては眺め
すくっては眺め 思い出を探そうとするが
小さな器からは 透明なあたたかい水が こぼれ落ちるだけ
一生を捧げても その海をかい出すことはできない

朝起きると 寝る前に着ていた寝間着とは 違う服に変わっている
尋ねると きっとそれは妖精の仕業だ と母は言った

そういえば…
よく晴れた風の強い日に 誰もいない部屋で
ピューピューと悲しげな音を立てるもの
それも妖精だった

そんな話も こぼれ落ちた水に 少しだけ写っていた 


もえたつもの

ふかい やみのそこで
もえたつもの もえたつもの
風と わずかな空

ゆらり 雲は流れ
はなつ光 はなつ光
こころ しずかに解く



春の風に乗り
野辺を吹きわたり
険し山を越え
輝く西の空へ 輝く西の空へ

雲は風になり
土は花の糧
愛し面影は
崩れ出す波の上を 舞い渡る鳥の羽根

春の悲しみは
融けてゆきの日を
胸に宿しつつ
ほころぶ花のように ほころぶ花のように


空の灯

朝まだき うるむ空の灯は
こどもの心に 玉砂利の砂
うれいを数えて うちよする
彩りかすかに 火影をはらう

青み青み かげろい青み
透き通る風に ガラスの火花
一つ目小鬼の あこがるる
きしみはかつての 争いの音

うすずみのとばり 赤金の
たそがれの果ては また愛の果て
標なき夜にも 星の降る
こがねし はるけし 炎の野原

空高く進め 夜の端を
あたたかきものよ 命の光
(千光年の冷たい空)
果てなきボイドの ただ中に
(果てなきボイドの ただ中に)
しずかにしずかに たれさせたまえ
(打ちならせ 妙なる鐘を)


二人生きてくラブソング

鉄板の空に 月が輪をかけ そっと落ちる エメラルドの星
きみは涙 海に溶かし わたしは心 空へと投げた

ひとり ひとり 夢の中
正しさを知るまで歩く
逃げ腰のきみ わたしと同じ
少し 少し さびしい 今
二人待ってる ラブソング

指と指かさねて はじまるラブソング そっと結び ほどける沫糸(あわいと)
きみは心 わたしに伏せ わたしは涙 こらえてたたずむ

それにしても 今夜はきれいね
きみの涙よ きみの涙よ
いつも心は わたしと同じ
少し 少し やさしい 今
届きそうかな ラブソング

どこまで行くだろう この海越えて どこにいるの ほんとのわたし
きみを愛しているだけじゃなく わたしを愛してくれるだけじゃなく

ひとりひとり 夢の中
正しさを知るまで歩く
逃げ腰のきみ わたしと同じ
すべて すべて 捨てたい 今
二人生きてく ラブソング


こんな景色は

Pa こんな景色は 前にも見たな
Ti こんな景色は 前にも見たね
Pa 行き場を失ったトビが 輪を描いて昇ってゆく
Ti 行き場を失ったトビが 一直線に落ちてゆく
アリエス 手放してくれ
作り上げた夢もすべて
空の高さ恐れながら
やさしい風にふわりと浮かぼう

Pa そんな言葉は 前にも聞いたな
Ti そんな言葉は 前にも聞いたね
Pa 手を伸ばせば 触れられそうな命の光だね
Ti 手を伸ばせば 触れられそうな命の光だね
ジェミニ 手放してくれ
 作り上げた夢もすべて
小さな火が消えるの恐れながら
さしい風にふわりと浮かぼう

Pa こんな景色は前にも見たな
Ti こんな景色は前にも見たね
Pa やさしい月の夜に 涙があふれた
Ti やさしい月の夜に 涙があふれたね
リブラ ともに手放そう
作り上げた夢のすべて
小さな体に命を満たして
やさしい風にふわりと浮かぼう

小さな体に命を満たして
やさしい風にふわりと浮かぼう



空の彼方には 大きな大きな水瓶が浮かんでいる
雨の前には 密かに天空で その水瓶の水があふれるのだと

そんなことを聞いた

僕はあまりに 透明に思いを馳せすぎて
地上にいながら 天空の水に溺れてしまう

雨は地面を空へと変える
空に落ちてしまうものにとって 
それは 無限に続く穴だ
   
みんなくるくるまわっている
上手に上手にまわって 水たまりの上を 飛び越してゆく 
それはそれは簡単に 
水たまりに映る空を 飛び越してゆく 

僕はあまりに 透明に想念を書き換えすぎて
ごりごりと 空回りをしている
一体どこにいるのか 自分にも見えなくなってしまったので
泣いているとわかっていても 行って抱きしめてやることができない

水たまりに映る空は 穏やかで 底のない海のようだ

ふと 何かの声に気を取られ 回るのを止めた 

あっ というそのすきに 僕は真っ逆さまに空へと落ちた

逆さまの街を抜け 山を一瞬横目に
浮雲を通り越し
薄い膜のような 雲の層を続けざまに抜けると
空は 青から藍へ 群青へ そして漆黒へと 急激にグラデーションする

体はほぼ動かない
落ち続けながら 抵抗とも逡巡ともつかない意識を
落下する方向へと向け続ける他にどうすることもできない
絞られるような 感覚の痛みが
体を 足の先から段々と 細く細く搾り取り
胸を 首を 頬を 彼方の虚空へと置き去りにし
まるで僕は「目玉」だけになって
漆黒の中を きり揉みのように
めちゃめちゃに進んでいるように思えた

きりきり舞いになった僕の「目玉」は
落ち続けるうちに はたして 進んでいるのか
ものすごい速度で上空へと浮き上がっているのか
はたまた 真っ暗な四角い箱に閉じこめられ 止まっているのか

わからなくなった

くるくると回りながら 水たまりを飛び越していた あの連中は…!
と ふと頭をよぎる
とたんに

巨大な幕を剥ぎ取るように目の前が明るくなり

僕は 果てしない空間を 無数に
逆さまに落下しつづける 空に落ちたものたちの群れを見た


レンガ祭

夜の先は 赤いレンガ祭(さい)
やすらぎのないものを ぐちゃぐちゃに集めて
夜空の穴に 火をくべる 星のかまどに

火の子をまく 赤いレンガ祭
静かな街かどで 飲み物に目を伏す
あどけない顔の夜の人 まきをくべよ!

それはきれいにするところ
祈りわずかに深く燃ゆ
ヘリオポーズの先までも
夜風は今とふいごする
それは…

夜は満ちる 赤いレンガ祭
夢路の山鳥は
やがて咲く 花の精
星のかまどに 朝露が
静かに落ち 夜は明ける



ひどく広大な海を 胸の中に閉じ込めていた
あたたかな しかし寄る辺のない海である 

僕は無目的に浮かび 泳ぎ回った 

チャプチャプと体にまとわりつく波の音を儚み
かがやく魚の群れを探し
暁から満天の星空まで…  

長い長い時間がたち ふと気がつくと
僕は自分の肩の上に 奇怪な者たちを見た

たくさんの小さな生き物が 無数に息づき
話し合い 蠢いている 

時にはその小さな生き物たちは
平たい「へら」のようなもので僕の肩をつつき
何かを掘りかえしているようだった

そのたびに僕は 力を奪われ 疲れた

僕の体はもう 僕だけの物ではなかった
いつの間にか僕は 苔や 植物や
それを食べる生き物たちを 僕の体で養い
時にはその 生き物たちの争いを治め 
郷愁までをも請け負いながら 大きな海を航海する船になっていた 

この生き物たちは 何のために僕の背に息づいているのか
どこへと向かっているのか
この広大な海で 僕は陸地というものを見たことがない
小さな岩礁さえも

過去の 温かい海の輝きと
杳(よう)として知れない 生き物たちの未来の間で
一つの目的が 僕の頭のなかに浮かび上がる

この生き物たちのための陸地を探さなければならないのではないか

それは波に揉まれては消え 力強く奮い立ち
またあたたかい波にさらわれる 

船は 新しい旅路を思い起こすには すでに苔むして 古びていた


舵を探せ

波の間に間に 大きな船が
豆粒ほどの 小人たちを乗せ
寄る辺なく 浮かび沈む

青い海風 そぞろに受けて
船の行方を 小人たちは知らぬ
浮雲の ひとつひとつ

にわかに黒い 大きな雲が
あたたかい波を 突き刺すように
漠々と スコールする

降る雨の音 甲板を打つ
その高い音に 小人たちは気づく
切れ切れの 船の言葉

広い海原 その悲しみは
きっと誰もが 微笑みの下に
縫い付けているものだと


なみきのみちは

並木の道は 夜に眠って
まだ消え残る 街の灯は
最後の列車 行ったあと
寒い夜空に にじんでる

母さんあの音 なんだろう
そうね あれは 海鳴りの音

明日は風が 強くなるでしょう
あったかい 靴下 おろそうね


気がつくと砂浜に立っていた
ひとりだった
からっぽの水差しのように

夕日が照っている
長い砂丘が続いている

僕は 巨大な水たまりを飛び越えたのだろうか
あの小人たちは…

陸に向かって すこし歩く
すると
遠くの 誰もいない砂の上に
小さな子どもが ひとり ぽつんと立っているように見える

誰もいないの?
お母さんは?

ザクザクと 砂に足を取られながら
僕は少し大股に 歩いた

近づくと それは 小さな花だった

巻き返すような 海風に ぱたぱたと揺れ
はにかむように また こちらを向く

波音を背に
僕は 僕の目は

この小さな花でいっぱいになった


グレートマザーの歌

揺れる花に 涙する
宇宙の 隅っこが
いつの間にか 星の
星のない夜に またたく

街の夜と 草原の朝が
宇宙を 切り裂く
小さな家族の ことば
星の数ほどの あいさつ

おーい 僕は母さんの名前を知る
おーい 大きな匂いの塊が 鼻の先を抜ける
おーい 空の風が逆にふく
風 風 風

浅い眠りの 木かげに
夢を見ていたの 母さん

2017年12月7日木曜日

秋の終わり


久しぶりに子どもとふたりだけで過ごす一日だった。

子どもが「はっぱのあめ」というので見ると、ケヤキの葉が風にたくさん舞っていた。
はっぱさんはどこに行くの?と聴くと、「うんちにいく」とのこと。

はっぱさん来年まで長いトイレね。

季節の変わり目を感じることが少なくなったと思う。

日中はまだほんのり暖かく、風にざわざわとゆれる木の葉の音は、最後の秋の音という感じだ。

2017年12月6日水曜日

昭和を探す旅


先日、金沢より昭和の歌唄い「みっちー」こと三井浩司郎さんが来静!

静岡の昭和を探す旅のお手伝いをさせてもらいました。

その日、僕が偶然お誘いを受けていた浅間通り商店街のコンサートの打ち上げでご紹介したら、すっかり皆様と打ち解けてしまい、朝市などに予定を合わすため、何と滞在を一日伸ばすという心意気。

静岡を気に入ってくれてうれしいです。

みっちーさんとは、僕がよくツアーで石川県に足を運んでいたころに出会った。

戦前の流行歌を専門にして、昭和風の挿絵画家や語り部という横顔もお持ちの、ある意味「総合芸術家」のようなミュージシャンだ。

僕は子どもが生まれてから、すっかり石川県から足が遠のいてしまっているが、また機会を作って行きたいな。


何気ない話の中で、僕達の静岡県郷土唱歌と、みっちーさんの昭和歌謡との共演コンサートも企画しましょう、というアイデアも出た。

実現すれば、きっと面白いコンサートになると思う。

2017年12月4日月曜日

県民性

ある県外のミュージシャン(男性)に、○○さんっておいくつなんですか?と聞くと、静岡の人ってよく年齢聞きますよね、と返ってきた。

えっ!?そう…?

意外だった。

どうやら他ではあまり聞かれないらしい。


静岡はわりと保守的な城下町だ。

人に年齢を聞くのは、上下関係を気にするデリケートな風土でのちょっとした処世術なのだろうか。

タメ口でいいのか敬語でいくか…、みたいなことをぐるぐる考えちゃう人も多いような気がする。


初対面で出身校をよく聞くのも静岡ならではだ。

はじめましての後に、どこ高ですか?などといきなり聞く(となりの清水は中学)。

ところが、別に学歴などを気にしているわけではない。

話題のきっかけにしたいのだ。


静岡人はシャイだ。シャイなくせに、ずけずけと年齢や学歴を聞く。

それがまた親しみ深く、面白いなあと思う。


僕は、そのミュージシャンの見た目があまりに年齢不詳だったので、素朴なギモンとして聞いてしまったのだが、実はめったに歳は聞かないほうだ。

名前も聞かないことが多い。

初対面のラスタマンに「お名前は?」と聞いて、「名前なんてどうでもいいんだけどな…。」と言われ(名乗ってくれたけど)、若干カチンときつつも、まあその通りだよな、と思った記憶がちょっと影響している。

2017年12月2日土曜日

両立

イチョウの木が、黄色く燃えて鮮烈な光を放っていた。

深い秋も初冬に変わりつつある。

意外にもライブ・コンサート形式の演奏は、今年は11月で終わってしまった。

今ふとそれに気がついて拍子抜けしているが、今年の後半は特に忙しかったので、いい心の休養になると思う。

かといって暇なわけではなく、コンテンポラリーダンスのパレードの音楽を考えたり、来年に向けて頼まれた作曲をこなしたりと、課題は結構あるのだ。

ライブに対する心構えと、作曲に対する心構えを両立させるのはなかなか難しい。

言葉ではうまく言えないが、頭のなかで開く場所が違うという感じだ。
どちらかを考えていると、どちらかが疎かになってしまう。

ゆっくり一つのことに没頭できるのいうのは、ありがた~い、と思うのであった。


なんでもかんでも両立は難しい。

仕事と音楽、音楽と家事、家事と子育て。

仕事中に妙によい曲作りのアイデアが浮かぶが、うちに帰るとくたびれて寝てしまう。
仕事帰りのバイクで、急に仕事のアイデアが浮かぶが、翌日出社するとなぜかやる気が無くなる。
やることがたくさん残っているのに、「オレ今日ご飯作ろうか?」などと言ってしまう。

その時、そのことをやる、というのがなんでこんなに難しいのだろう。

パソコンに向かっていると、子どもがちらちらやってきて、勝手に笛を吹いたり太鼓を叩いたり、絵本を持ってきて読んでくれとせがんだり、どんちゃんどんちゃん邪魔をするが、またそれに癒やされながら、頑張れるのである。

2017年11月21日火曜日

よみがえる昭和の唱歌コンサート

 

先週末、浅間神社で行われた「よみがえる昭和の唱歌コンサート」に、ボーカル・加瀬澤彩友美さんと、静岡県郷土唱歌の歌い手として出演させていただきました。

ご来場くださったお客様、浅間通り商店街のスタッフの皆様。

ありがとうございました!

ライブの間に、静岡県立大学の名誉教授で、静岡県郷土唱歌を研究されている高木桂蔵先生の講演をはさみ、かなり濃厚な時間でした。

先生は、レコーダーを持って静岡の山間部などに赴き、童歌や民謡などを収集していらっしゃるそうで、「時間との闘いなんです。」と仰っていた。

まさにその通りだと思う。

高齢の方がだんだんこの世を去るとともに、貴重な歌は失われていってしまう。

僕たちが世代の違う文化に興味を持ち、地域に根ざした生活をしない限り、残念ながらそれらは消えていく定めなのかもしれない。

それぞれが、思い出深い好きな歌とともに人生を歩んでいって、時代に合わなくなれば歌は自然に忘れられてゆく。それはそれで当然のことだろう。

ところが最近、歌が失われていくことは、時代に合わないものが淘汰されているからではなく、「自然破壊」に近いもののように思えてならない。


共同意識を確かめるために合唱したり、歌を作ったりすることは、今では少なくなった。

どちらかというと、情景や物事よりも心を扱った個人的な歌が多くなったと思う。

もちろん昔から心は歌われているが、それは「広い景色の中にいる、私の心」であり、今はそれが「私の心のためにある景色」に変わりつつあるように感じる。

その心が、歌の中の紅葉照り映える丘や、カエルたちの鳴き声や、故郷の山川をすみに追いやって、都合のいい形に捻じ曲げつつあるとしたら。

きっと本当の森林破壊のように、人の心に実害を及ぼしてくるのでは…、と考えてしまうのである。

「時間との闘いなんです。」という先生の言葉は、更に重く感じられるのであった。

なんて、ツタナイ自説を繰り広げてしまったが、大切に、昔の歌、地域の歌を出来る限り知って守っていきたいと思うのでありました。


全然関係ないけど、この写真、なんか妙に合成っぽくない?

2017年11月13日月曜日

おとぎ話~スノド~ドロフィーズ

忙しいけど楽しかった3日間。

NolenNiu-de-Ossi&丸山研二郎「おとぎ話の夜」と、そして、Lica Cecato JAPAN Tour in Shizuoka × Mika da Silvaに、ドロフィーズ・インテリアに来てくださった皆様、ありがとうございました。


デオッシとは4ヶ月ぶりの共演でした。

いつもながら楽しみなのは、デオッシ・サウンドはたった数ヶ月会わないだけでも「必ず」進化していること。

今回も、ユニークでしみじみと噛み締められる新曲を聴くことが出来た。自分のステージも含めて、お互いの関わり方、役割、楽しみ方もどんどんいい形になってきているような気がしました。

そんなデオッシとは2月にレコーディングを一緒にすることが決定!またその詳細は追って報告します。お楽しみに!


翌日はスノドカフェにて、ブラジル人シンガー「リカ・セカート」さん、評論家でもありパーカショニストでもある「ケペル木村」さん、静岡のミカ・ダ・シルヴァさん、ホベルト・カサノヴァさんご夫婦と共演させて頂きました。

リカさん(日本用の名詞に里香・チェカートって書いてあった笑)や皆さんの人柄が超オープンで、もう今日は純粋に楽しく、そして心熱くなったライブでした。

僕たちって(ミュージシャンであっても)どこか音楽は生活の脇に置いて、余暇でやっている場合が多いけど、リカ・セカートさんの歌は、喜怒哀楽が常に生活の中心として音楽に溶け込んでいる気がした。

だからこそ言葉はわからなくても、喜びや憂いが音に乗って心に迫って来るんだな。

誘ってくれたミカさん、ホベルトさん、素晴らしい演奏をありがとう。

仕事や行事の中にいても、家族と寛いでいても、いつでも音楽とともにある。
それが一番人間らしいと思う。

そんなシンプルなことに改めて気がついた2日間でした。


さらに翌日、浜松は都田にあるドロフィーズインテリアの宿泊施設「白のminka」にて、丸山研二郎+てづかあい+原口朋丈のトリオで、フリーライブをさせていただきました。

北欧デザインを中心とした異国情緒たっぷりのスペース。

カフェや雑貨店も敷地内にあり、ゆっくり半日過ごせるおすすめスポットです。

どれもこれも素敵なご縁をありがとうございました(^^)

2017年11月5日日曜日

秋の夜長コンサート


去る10月29日でわたくしも35歳になりました。

たくさんの方に支えられながら生活しているんだなと、特に子どもが生まれてからは、何かにつけ実感します。

そんな誕生日に、自分の実家でもある浜松・正晨寺での「ミニ法話と音楽の夕べ・秋の夜長コンサート」が偶然重なり、昨年に引き続き、ジャズシンガー鈴木麻美さんとのデュオで演奏しました。

またも台風に阻まれそうになりましたが、足元が悪い中、たくさんの方にご来場頂きました。ありがとうございました。

ちょうど演奏が終わる頃には、晴れ間がのぞき星も見えるというご褒美つき。

ミニ法話は、地獄と極楽の違いについてのお話でした。

ある男が地獄・極楽を見られるという旅行に参加すると、どちらの場所も似たようなところであった。

どちらも食卓にはごちそうが並べられていて、食べる際には同じルールがある。
1メートルもあろうかという長い箸で食事をすること。

地獄の亡者たちは長い箸で食べようとするが、長く持てば口には運べず、短く持てば端が隣の人にぶつかり、たちまち大喧嘩がおこり食卓はめちゃくちゃに。結局食事はほとんど食べられないのであった。

ところが極楽の住人は、長い箸では自分の口には運べないことを知っているので、お互いに向かい合って、食事を交互に食べさせあっている。そのためお互いに感謝の気持ちが芽生え、いつも平穏に、ひもじい思いもしないのであった。

というお話。

もちろんこれは例え話で、実際にそんな世界があるわけじゃないけど、「長い箸を使って食事をする」という例えは意外といろんな僕達の活動に当てはまるような気がする。

一人の力では成し遂げられないことばかりであり、我を張って自分だけが得をしようとすれば、そのとばっちりが別の人に当たり争いの種になる。

自分の身の丈をよく知って、助け合っていくべきなのだ。

なんて、口でいうほど簡単じゃないが。

家族も増え、我を張ってもボロが出て大したことなかったと、妙に考えさせられるこの数年。いつも支えてくれる妻に感謝である。

2017年10月14日土曜日

元気ライブ2017


何だか物凄いパワーと個性のコンサートだった。
作業所連合会「わ」の西部地区主催「元気ライブ2017」にお誘いを受け、演奏に行ってきました。

とても楽しく演奏させて頂きました。お客様、スタッフの皆様、ありがとうございました!

僕達の他には、障がいを持った方の事業所が企画するバンドが主に出演。
当事者の皆さんと、職員さんとが同じステージに立ち、パフォーマンスに取り組む。

ふたつの対象的な事業所が出演し、

ひとつはお菓子作りや内職などをきちっきちっと細やかに支援するいわゆる作業所。

もうひとつは全国的にも有名な、アート活動に取り組む自由な気風の事業所。

それは音楽性にも現れていて、前者は、皆がよく知っている有名な曲を、ダイナミズムや決まりのメロディはきちんと職員さんが主導権を握りながらエンターテイメントに努めているのに対し、

後者は、前衛的な語りと身体表現、毒々しい言葉もあり、誰が主導というのではなく即興も楽しんでいるようだった、いや、そもそもアンサンブルしない…?という感じ。

そのどちらも、メンバーはとても活き活きと演奏しているように見えた。

そしてそのどちらにも、あの…、どうやって音楽作ってらっしゃるんですか?と1時間ぐらい質問したかった。

中部地区でも頑張っていかないとね。

2017年10月12日木曜日

郷土唱歌CD発売記念ライブ


静岡の郷土唱歌を編曲しないかという依頼を受けてから、もう1年ほど。

唱歌集「静岡県郷土唱歌」の全28曲を編曲・録音し、T2オーディオレーベルよりCDを発売。
そして、ついに!レコ発ライブを無事行うことが出来ました。

まずは、ライブに来てくださった皆様、関わってくださったスタッフの皆様、ありがとうございました!

いやー、大変だったけど、本当にいい経験になりました。


郷土の歴史などの豆知識をMCではさみながら、出演の都合で抜いた2曲をのぞく、26曲を唱歌集の順番通り淡々と演奏したわけだが、まさに「初演」という言葉がふさわしい発表会であった。

つまり正直なところ、メンバー一同緊張したり、まだこなれていなかったりしてふわふわとした感じだったのだ。

第一回目にしか味わえないその雰囲気は、ある意味貴重だけれど。


改めて考えてみると、ぼんやりと捉えどころのない戦前という時代の、教育を目的とした生真面目な曲たちと、自分の様々なジャンルに触手を伸ばした編曲とが反応して、妙に不思議な唱歌が出来上がってしまったように思う。

僕達の小さな小さな郷土には、色とりどりの愛すべき景色が数限りなくある。
その土地土地に漂っている情感を、演奏によって表してみた結果だった。

そうそう、最近、古い白黒の写真や映像に色を付けるという活動があるが、まさにそんな雰囲気だ。

余分なこと…、と捉えてしまえばまさにそのとおりかもしれない。
でもそれによって見えてくる、リアルな現代と過去のつながり、というものもあるだろう。


録音も終えてから、実は「静岡県郷土唱歌」にはピアノ譜が存在していたことを知った。

小学校の先生が弾くための、ごくごく唱歌らしい伴奏であった。

それは本当の白黒写真で、まさに資料として大切にしなければならないものだと思う。


今の世の中は、文化も常識もどんどん移り変わっていって、おばあちゃんの知恵袋は迷信に、親の意見と茄子の花は、どうもきれいに咲かなくなってしまった。

うちの子は2歳になるが、まだ舌っ足らずで、咲いた咲いたチューリップの花がー、を
「ぴっぴっぽーのはだがー」と一生懸命歌っている。

せめて、おじいちゃんもおばあちゃんも、僕達も、子ども達も、みんなにこにこしながら一緒の歌を歌えるように、大切に語りついでいきたい音楽はもっとたくさんあるように思う。



2017年9月20日水曜日

空の灯音楽隊LIVEVOL.2

 
空の灯音楽隊LIVEVOL.2に来てくださった皆様、そして関わってくださったスノドカフェ始め、音響、照明、記録映像、受付、販売等々のスタッフの皆様、ありがとうございました。

メンバー一同本当に感謝しております。

公演から2日たち、ちょいと頭も冷えてきました。

ソロとしても、バンド・空の灯音楽隊としてもまだまだ荒削りな音楽(やっきになって削りすぎて無くなっちゃったりして…)を、たくさんの方に協力していただき、あのように綺麗に飾り付けていただいたことは、とてもうれしく、これからも公私ともに頑張っていこうと強く思っているところであります。


何年も前のこと。

ある友人が、「研二郎の音楽は、まるで長い絵巻物を見ているようだね。」というようなことを言った。

生活の一場面や、または心象の世界から、いろいろな風景を切り取ってきたものが自分の曲だ(誰の曲もそうかもしれないけど)。

なので全部の曲はつながり合っていると思う。

2枚の写真があれば、その間には、写り込まなかった空間と時の流れが本来はあったように。

それはすごく個人的な空間・時間であり、わざわざ額に入れて人に見せるものではないかもしれない。


少し前。

また別の知人が、「作品の説明というのはするべきだと思う。」というようなことを言った。説明をする権利がある、って言ったんだったかな…。

作品とは別の言葉で、その良さを伝えることは悪いことではないと。

だって、普通の商品や工芸だってそうして初めて売れるわけだし、芸術だけそれが下世話に思われるのはおかしいだろうと。

確かに、と思った。

「この曲はこういう時に作って、こういうメッセージを持っています。こんな風な気持ちになってもらえたらうれしいです。では〇〇を聴いて下さい。」

というようなMCがあんまり好きではなかった。
それは歌で感じさせることじゃん、って何処かで思っていた。

でも、はっきり意味を伝えるからこそお客さんにその歌が染み込むんだな、と思い直した。


この2つの言葉の記憶がキッカケで、だったら、ひとつひとつの曲の解説も含めて、作品(絵巻物)にしてしまおうと思ったのが、昨年のLIVEVOL.1から始まったコンサートのテーマだった。

日本画の詞書(ことばがき)みたいなものですね。

作品の説明や日付なんかも含めて一つの絵になってしまっている。
これってすごいなと思うのだ。

それが、MCをすべて詩の朗読にする、という挑戦だった。

第2回の今回は、今度は逆にその詩をもとに曲を作ったり、より物語性を持たせてみた。

朗読も、SPAC(静岡県舞台芸術センター)俳優の布施安寿香さんにお願いし、その実力をお借りして、より幻想的な物語の空間を作り上げることが出来たと思う。

もちろん挑戦は上手くいったことばかりではなく、もっともっと洗練させていかなくちゃいけない部分もたくさん発見しました。

いろいろな方に感想を伺いたいと思います。


最後に…、心配された台風も予報よりかなり遅れ、無事に開催できましたことも感謝したいです。台風によって被害にあわれた地域の一刻も早い復旧と、多くの方の安全を祈りつつ。

そんな危うい天候にもかかわらず、大幅に予想を上回る112名のお客様がご来場くださいました。

重ね重ね、本当にありがとうございました。

これからもあたたかいご指導(厳しくしないでねw)を、よろしくお願いいたします。

空の灯音楽隊LIVEVOL.2
丸山研二郎 加瀬澤彩友美 黒川浩和 しほみ てづかあい
中司和芳 原口朋丈 misato 渡辺真由子
ゲスト・布施安寿香

2017年9月15日金曜日

インド人に道を尋ねると、全然検討ハズレの方向を教えたりする(そうでない人ももちろんいるが)。

当然、後になって、

おいおい、嘘つきやがって!

と思う。

ところが、どうもそれは「嘘」ではないらしい。

あまりに心がホットなので、見ず知らずの異国の旅行者に対してかわいそうで、「知らない。」と言えないらしいのだ。
なので、当てずっぽうに答えてしまう。


やさしさの在り処、というのは難しい。

多くの人は、最初から「知らない。」と言ってあげたほうが親切だよ、と思うだろう。

わざわざ行った先で、違った、と気がついたときの徒労を考えれば当然だ。


でも、僕にはこのインド人の気持ちがなんとなく分かる。

さすがに当てずっぽうに道を教えたりはしないが、よかれと思ってしたことが的外れで、逆に悪く思われたりすることは誰しもあることだ。


この間、引っ越しを控えた知り合いから電話があった。

いろいろお世話になったお礼に贈り物を持って行きたいんだけど、たくさんあるので車で迎えに来てほしい…、とのこと。

あのね、お礼したいんだったら自分で持って来てくりょ!と僕は心のどこかで思うのであった。

でも逆に、そういうありがた迷惑や、盲目的な感じ、というのがもっと理解されるようになったらいいな、とも思うのだ。

それを、あなたほんとに感謝してるの!?こうあるべきじゃないの!とやっつけてしまったら、やさしさや思いやりなんていうのは、遠くの小さな的を正確に射抜くような、高度なテクニックになってしまうではないか。


結局迎えに行って、「お礼は自分で運べる分だけでいいですよ。」ってなことは一応言ったけど、きっと僕の的が狭かったんだな、と思って反省している。


練習に練習を重ねた形式的なやさしさはとても大切だが、後先考えない衝動的なやさしさも、僕は好きだ。

自分の「的」は広いほうが、人付き合いはもっとハッピーになりそうだ。

イラッとする場合もあるけど、それはどうやらお互い様なのね。

2017年9月10日日曜日

空の灯音楽隊 朗読部


空の灯音楽隊LIVE Vol.2まで、あと一週間になりました。

本日は尊敬する俳優である「布施安寿香」さんと、朗読の稽古+打ち合わせ。

そんな時、いつもは屋内の場所を借りるんだけど、今回はふと思いつき公園の樹の下で練習。

さすが、としか言いようがないその声と間の使い方に感心しながら、とてもいい雰囲気で進みました。

安寿香さんが声に出してテキストを読み始め、ふと気がつくと、自分がもう物語の中にいることに気がつく。

外から言葉や意味を眺めているんじゃなくて、すでにその内側にすいこまれている…、という感じだ。

今回のお話は、大きく穏やかな海と、そこに浮かぶ一艘の船の物語。

「・・・子どもの頃 寝る前には 母親に物語をしてもらうのが好きだった どこにでもありふれた昔話だ

眠りに落ちる一瞬の間に 幼い子はたくさんの夢を見る

夜の闇の中に 草木や 子ども達の笑い声や 甘い飲み物や 
鬼や異形の物怪や 涙や 火の粉が…
ぐちゃぐちゃに溶けて 夜ごとにたまってゆく

それは 底の見えない ひろいひろい水面 ・・・」

さて音楽とともに、どんなお話が生まれるのか、お楽しみに。


写真は、写真撮ってもいいですか?と安寿香さんに言われ、自撮り。

あんまり普段やらないな~。

数年前、韓国に旅行に行った時、みんな「自撮り棒」を持ってキャーキャー言いながら歩いてて、あんな恥ずかしいの日本では流行らんなあ、と思っていたら、その後急に流行した。

うーむ、わしズレてる?

たまにはいいね。

2017年9月8日金曜日

やまぼうしライブ


やまぼうしライブに来てくださった皆様、ありがとうございました。

やっぱりこの場所は特別。

お客様の一人が、
「まるちゃん、立派になって。森下さんが生きていたら喜んだわね。秘蔵っ子だったもんね。」
と。

フォークシンガーの故・森下よしひささんに誘われて、僕は初めてここにやって来たんだった。それが大学1年生の時だ。

それから十数年。
いやー、恩返しなどということには程遠いが、ぜめてよいミュージシャンであり、また娘の成長なども逐一報告したいと思うのであった。

もうすぐ20周年だって。

お祝いしないとね。

2017年8月25日金曜日

静岡県郷土唱歌完成!


CD「静岡県郷土唱歌」がついに完成しました!
今日手元に完成品が来ましたが、なかなか雰囲気ある仕上がりに。

販売は、僕と空の灯音楽隊メンバーの手売りの他、ネットでは通販サイト、静岡市内では書店などでも取り扱っていただく予定です。詳しく決まり次第、お知らせいたします。

僕のライブ会場ではもう購入できますので、ぜひライブにも足を運んで下さいね。

■「静岡県郷土唱歌」2枚組 全28曲入り¥3500
DISC 1
1 富士登山
2 蜜柑採3 八丁池
4 天城山
5 石廊崎
6 三保
7 富士山下り
8 遠州灘
9 牧野原茶園
10 秋葉山
11 三方原
12 金原明善
13 山田長政
14 德川家康

DISC 2
1 溫泉めぐり
2 濱名湖
3 富士の裾野
4 大井川下り
5 白絲瀧
6 千本松原
7 御前崎
8 久能山
9 天龍川下り
10 小夜の中山
11 蛭ヶ小島
12 江川坦庵
13 賀茂眞淵
14 今川義元

編曲:丸山研二郎
   石廊崎/渡辺真由子
   千本松原/丸山研二郎・渡辺真由子

丸山研二郎/歌・ギター・クワトロ・パーカッション
てづかあい/歌・ウクレレ
加瀬澤彩友美(ノーザンスター)/歌
misato/歌
黒川浩和/歌
しほみ/歌
中司和芳/ベース
原口朋丈/篠笛・和太鼓・パーカッション・三味線
丸尾あみ子/ヴァイオリン
渡辺真由子/ピアノ・キーボード・オルガン

録音・ミックス・マスタリング:坪井義幸(T2オーディオ)
ジャケット・デザイン:丸山成美
文章:鈴木大治
企画・制作:T2オーディオ


CDの歌詞カードに短い文章を書かせていただきました。
郷土唱歌の素性についてもわかりやすく書いたつもりなので、抜き出してみます。

以下CDの歌詞カードより~

 僕たちは脈々とつながる歴史の中で生きています。
 雄大な自然があり、人々の生活があり、進歩によって得られた安全や便利があり、また薄れてしまった情緒もあります。古き良き文化があり、発展のために失われた思いやりもあります。美しく語られる偉人たちの活躍があり、過ちとして心に刻まなければならない争いや因習もあります。
 静岡という土地にも、また他の、世界のどの土地にも、良きにつけ悪しきにつけ、ひとつひとつの出来事のたびに歌が生まれ、時とともに忘れられて来ただろうと思います。
 子ども達の郷土愛を育てる目的で、一般から詩が公募され、昭和11年に静岡県教育会から発刊されたこの「静岡県郷土唱歌」は、ある資料によれば、当時は小学校やラジオなどで親しまれていましたが、軍国主義による教科書の統一などのため、戦時中には歌われなくなってしまいました。戦後、復活の兆しが見られ、「静岡県・郷土の歌めぐり」という本に一部が再録されています。
 今回、アレンジにあたっては、歌詞+メロディのみの譜面を参考にしているため、楽器の編成から、前奏・間奏などのメロディ、伴奏の和音などはすべて私の創作です。歌詞は原本から一切変更していませんが、曲によっては拍子や歌いまわしをアレンジしているものもあります。そのため、当時、学校などで歌った記憶がある方には、大分違った曲に聞こえるかもしれません。そもそも音源資料がなく、このCD制作の目的が、曲集を当時の形のまま復元するというものではないため、どうかお許しいただきたいと思います。
 最後に…。一部の曲の歌詞の中には、当時の兵隊さんを讃え、軍国主義に向かおうとする社会の姿を感じさせる表現もあります。資料的な価値を大切にしたいと思い、すべての曲を収録いたしました。制作者一同に、戦争や当時の体制を賛美する気持ちは一切ないことを書き添えたいと思います。
 静岡県の古い写真集をめくるような気持ちで、一曲一曲を現在の静岡の姿と比べながら、感じていただけたら幸いです。

丸山研二郎

2017年8月23日水曜日

ホームコンサートプロジェクト


新しい企画を始めようと思います。

「丸山研二郎 ホームコンサート・プロジェクト」と題して、その名の通り“ご自宅に演奏に伺います”というものです。

家庭のこと、体のこと、仕事のこと、いろいろな事情で、生の音楽を聴きたいけど、なかなか会場に足を運べない、という方。または、家族や友人の集まりで、ちょっと音楽を添えて贅沢したい、という方。

こんな試みはいかがでしょう。

お一人様でもいいですよ。
ご不明な点はお問い合わせ下さいませ!


「丸山研二郎 ホームコンサート・プロジェクト」

■内容
1ステージ(30~40分程度)を基準に、ご相談に応じます。
演奏曲目は、オリジナル曲 + 会に合いそうな曲を中心に、選曲させていただきます。

■料金
5名以下 / ¥8000 6名以上 / 1名¥1500×人数
※15歳以下は無料。人数のカウントに含みません。
※会場が静岡市外の場合は、別途、交通費をいただく場合があります。

■その他
○ご依頼は、基本的には私の演奏内容をご存知の方、またはそのご紹介に限らせていただきます。
○音響設備のご用意ができません。会場は生演奏が聴こえる広さの場所でお願いいたします。
○音量への配慮が必要な場合は、あらかじめお伝え下さい。しずか~に演奏いたします。

■お問い合わせ
TEL / フライヤーを見てね。
mail メールフォームはこちら → qlick
メールの場合は、お名前・ご連絡先を明記して下さい。こんな場所で、こんな集まりで、こんな雰囲気で演奏してほしいんだけど、などなど、お気軽にお問い合わせ下さい。

2017年8月6日日曜日

LIVE VOL.2開催決定


9月17日(日)にスノドカフェ主催による「丸山研二郎+空の灯音楽隊」のライブ第2段が決定しました。

1stアルバム「空の灯」のリリースから1年。今回は朗読でSPAC(静岡県舞台芸術センター)俳優の布施安寿香さんが参加し、一層深い音楽旅行へと誘います。

とびきり素敵な時間にしたいと思います。
ぜひぜひご予約下さい。

ご予約はスノドカフェまで。

■9月17日(日)
空の灯音楽隊LIVE Vol.2

出演
丸山研二郎 G.Vo.
加瀬澤彩友美 Vo.
黒川浩和 Vo.
しほみ Vo.
てづかあい Vo.
misato Vo.
渡辺真由子 Key.
中司和芳 Ba.
原口朋丈 和太鼓.篠笛
布施安寿香 朗読

日時:2017年9月17日(日)
会場:静岡市民文化会館B展示室
開場15:00/開演16:00(終演18:00予定)
料金:¥2,800- (1drink付)
※市民文化会館ロビー棟1階、スノドカフェ3号店にてドリンク引き換え。
会場内でお召し上がり頂けます。

要予約
*スノドカフェ各店舗またはお電話、及びメールで承ります。

【チケット取扱・お問い合わせ】
スノドカフェ 清水 TEL 054-346-7669
スノドカフェ 七間町 TEL 054-260-6173
静岡市民文化会館店でもお買い求め頂けます。
WEBSITE http://www.sndcafe.net/event/2017/09/soranohi02.html

【アクセス】
静岡市民文化会館
〒420-0856 静岡県静岡市葵区駿府町2-90
JR静岡駅北口より徒歩25分
静岡鉄道新静岡駅または日吉町駅より徒歩10分
静鉄バス停「市民文化会館入口」より徒歩1分

【主催】
株式会社オフィススノド(スノドカフェ)


ギター、ベース、ピアノ、和太鼓、篠笛、そして力強い声の壁、が描き出す不思議な不思議な風景...。空にまたたく灯が、時には明るく、時にはうすぼんやりと照らす景色を漂いながら、心の片隅にしまっていた新しい力を探す旅に出る。

2017年7月16日日曜日

まさかの扉


おとぎ話ツアー最終日の翌日は、同じくデ・オッシとのライブ。

彼らが毎月企画している「まさかの扉」という企画に出演させていただきました。

来てくださった皆様、デ・オッシのふたり、コーディネーターのまっきいさん、ありがとうございました!

会場は東京、「HEAVEN青山」というライブハウス。

こぢんまりとしたホールながら、まず音響が素晴らしいことに感動。

間取りも、受付が外にあり、入ってすぐがバーカウンター、奥に進んだところがホールになっている。

グランドピアノが乗っても悠々と使えるステージは、会場のおそらく1/3以上をしめていて、どんなスタイルの音楽でも最大限パワーを発揮できるように…という心遣いが感じられました。

この日、僕は極端に体調が悪く、実は正直ライブどころではない、という状況であった。

でも、あたたかいお客さんの雰囲気と、素晴らしい音響と、デ・オッシの愛(?)に助けられ、力を振り絞ることができました。

また、それもプレミアムな感じ、ということで、これからの精進をお約束して、お許し願いたい(笑)

イベント「まさかの扉」がこれからも盛況でありますように!

2017年7月14日金曜日

おとぎ話ツアー終演


お礼の投稿が遅くなりましたが、

NolenNiu-de-Ossi&丸山研二郎「おとぎ話ツアー2017」に来てくださった皆様、各会場にて関わってくださった皆様。

本当にありがとうございました。

おとぎ話ツアーと題して行ったライブは今年3月から、

3月 LIVEHOUSE UHU
3月 クックハウス椿
5月 東壽院
6月 スノドカフェ七間町
7月 LIVEHOUSE UHU

5月には、突如会場の変更を余儀なくされましたが、たくさんの方にお声掛けいただき、無事開催することができました。そのことで、かえって各方面へのご縁が深まったようにも思います。

最後のUHUでは、満員のお客様にご来場いただきました。

一生懸命ライブをさせてもらった活動が実を結んでいったような気がして、とてもうれしく、感謝しています。

さて、NolenNiu-de-Ossiの演奏は、回を重ねるごとに深まっていきました。

何か、不思議な明かりで照らされた絵巻物を見ているようで、時には怪しく、時には郷愁を誘う。
他に類を見ない楽器の使い方(ルックスも含めて)と、複雑なのにどこか懐かしい楽曲が、本当に絶妙なバランスの上に成り立っていて、しかも全体的にあたたかい。

僕は、結構いろんな音楽を聞き慣れているので、ある程度免疫(?)があるんだけど、初めて見る人は、「んな…んなな…なんじゃあこりゃあ~!」と思うんだろうなと思う。

ところが聴けば聴くほど、最初の物珍しさよりも、じわじわと何か、やさしさのようなものの方が大きくなってくる。

もっともっとたくさんの人に紹介したいバンドだ。

僕のステージは、ツアー後半のライブでは、友人の和楽器奏者・原口朋丈氏とデュオで演奏をした。
もともと親しく、長いこと一緒に演奏をしてきたけれど、これも今回1歩2歩深まったようだ。

そして奇しくも、和楽器というものに焦点をあてた2つのグループによるイベントが出来上がった。

ちょっと手前味噌だけど、安易な異ジャンルコラボレーションではない、新しい和楽器の使い方を、ひょっとして提案できているのでは…?という若干の自負もあるのだ。

NolenNiu-de-Ossiは、しばらくはまた全国を旅し、僕は地元静岡にて演奏活動に励みます。

また必ずの再演を!

楽しみにお待ち下さいませ。

2017年7月6日木曜日

唱歌録音終了


静岡県郷土唱歌の録音、すべての工程を録り終えました。

やったー。

1曲1曲は短いながら、全28曲という大変な量。
(アレンジは、曲が短いから簡単…というわけじゃないのよ。)

仕事の合間をぬいながら、編曲・譜面作成・ミュージシャンのスケジュール調整+諸連絡・練習・録音・音楽監督と、普通は一人ではできないでしょ、と、仲間に言われる仕事の分量であった。

関係者ならわかってくれるだろう、と思う(笑)。

だからこそ、非常に勉強にもなった。

これからスタジオの主、Tぼい氏がミックスをしてくれる。それを楽しみに、また数日を過ごそうと思う。

今回関わってくれたミュージシャンは、

加瀬澤彩友美 歌
黒川浩和 歌
しほみ 歌
てづかあい 歌・ウクレレ
中司和芳 ベース
原口朋丈 篠笛・和太鼓・パーカッション・三味線
丸尾あみ子 ヴァイオリン
misato 歌
渡辺真由子 ピアノ・キーボード・オルガン
(あいうえお順敬称略ね!)

でした。
みんな、ありがとうございました。

2017年7月2日日曜日

Sivuca


ちょっと用事でブック・オフに立ち寄って、何気なくCDコーナーを見ていると…。

なんと、ネットで購入ボタンを押そうか迷っては消し、迷っては消ししていた、ブラジルの鬼才Sivuca(シヴーカ)のCDが。

しかも安い。

ほぼ地元のCDショップなんかでは出会えないと思っていたのに。

そそくさとレジへ持って行く。

しみじみと聴きながら、買ってよかったな~と思うのでありました。

Sivuca-Sivuca
https://www.youtube.com/watch?v=Ra8IbQ7-vcc&t=1867s